うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

幕末

聖護院門跡@京都2020

「聖護院」と聞いて皆さんは何を連想するでしょうか?やっぱり「八ツ橋」?笑 今回、私が護院を訪れたのは八ツ橋目当てではありません・・笑、私のライフワークである幕末巡り。こちらの門跡には、天明の大火の際に御所が焼け、再建されるまで光格天皇の仮住ま…

山本覚馬・八重邸宅跡@京都2020

綾瀬はるかさんが主演した、NHK大河ドラマ「八重の桜」で有名になった(と思われる)山本覚馬邸があった場所です。 山本覚馬が京都府顧問だった明治時代の宅があった場所だそうです。山本覚馬はご周知、会津の家臣ですが、維新後は明治新政府に認められ京都…

高山彦九郎皇居望拝之像@京都2020

京阪三条駅。京都でも最も賑わいを見せるスポットのひとつですねご周知、東海道五十三次における起終点にて、往時の都の出入り口であります ここに、何やら拝礼をする男の銅像があります・・。 そうです、「風雲児たち」ファンの皆さま、こんにちわ!まさしく…

等持院@京都2020

洛西の禅刹、「等持院」。足利尊氏の墓がある、足利将軍家の菩提寺です。幕末にハマって以来、ずっと訪れたいと思っていた場所のひとつで、今回ようやくその念願が叶いました 「幕末人」としては、そう、「足利将軍木像梟首事件」です。文久三年(1863)2月2…

六角獄舎跡@京都2020

龍馬とおりょうのエピソードが残る、「武信稲荷神社」のすぐ目の前が、「六角獄舎」です。ここに捕えられていたおりょうの父、楢崎将作に面会すべく、龍馬とおりょうは幾度となく訪れていたと言われています 獄舎自体は平安時代に建設されたようですが、幕末…

「文庫」@出雲2020

出雲大社の境内にある「文庫」。寛文七年(1667)の遷宮に際して新造された図書館建物だそうです。幕末人興奮ポイントは、貞享二年(1685)水戸光圀公が「大日本史」編纂の為に佐々助三郎を調査に出雲に派遣したというのです。つまり、水戸黄門様が「助さん…

「吉田松陰先生山河襟帯詩碑」@京都2019

平安神宮界隈を散策中、京都府立図書館の敷地の中に見つけた吉田松陰の碑。えっ・・この地と松陰とどういう縁があるの!?と、とても不思議でした。 「吉田松陰先生山河襟帯詩碑」とあります。京都は山河に囲まれおのずと他と異なる地である、といった詩で始ま…

松浦武四郎誕生地@松阪2019

旧伊勢街道。由緒正しきおっさんの愉しみ、司馬遼太郎の「街道をゆく」ですね。この道幅、道民目線ではどこもかしこも非常に狭い・・、そして独特の曲がりくねり、醸し出す雰囲気があったら、そこは旧街道という場合が多いですね。 この旧伊勢街道沿いに、北海…

「松浦武四郎記念館」@松阪2019

2019年、この夏、北海道150年記念ドラマ「永遠のニシパ~北海道と名付けた男 松浦武四郎」がNHKで放送されます。主演は松潤、そして語りはなんと、中島みゆき!という、私的には興奮隠せぬ必見ドラマなのであります!全国放送は7月15日なのですが、北海道は…

水戸藩士自刃の碑@大阪2018

「勤皇烈士」と碑に刻まれています「島男也」。元笠間藩士の旧居跡のようです。そして、並んで建つ碑「川崎孫四郎自刃の所」とありますが、水戸藩士のようです。幕末水戸藩と言えば桜田門外の変。江戸城桜田門外で、井伊大老が水戸浪士と薩摩の有村次左衛門…

正法寺(パークス宿泊地)@大阪2018

「正法寺」です。駐日英国大使、ハリー・パークスの宿泊地であった寺です。 道路を挟んで向こう側には、アーネスト・サトウの宿泊地「本覚寺」跡が。隣の部屋、に住んでいた感覚でしょうか。 パークスは大阪では慶喜に謁見し、慶喜の事を今まで会った日本人…

本覚寺跡界隈(アーネストサトウ宿泊地)@大阪2018

本覚寺跡の界隈です。アーネスト・サトウの宿泊地とのこと。その道路を挟んだ向かい側には、ハリー・パークスの宿泊地であった「正法寺」があることを考えると、なるほどですね。 そういえば、「本覚寺」と言えば横浜(神奈川)にもありましたよね・・、同じ寺…

大仙寺@大阪2018

谷町はその名の通り谷に沿っているのか、高低差がはっきりと分かる土地柄ですね。「地蔵坂」を上ると、「大仙寺」がありました。ちょっとお寺らしくない様相で、一般的なお寺と違い立ち入りにくいお寺でした・・。 こちらのお寺は「淀屋」の菩提寺でもあるよう…

ぜんざい屋事件跡地(大利鼎吉遭難之地)@大阪2018

慶応元年(1865)1月8日、石蔵屋(ぜんざい屋)に土佐の浪士、大利鼎吉、田中光顕らが潜伏していました。大阪の市中に火を放ち、混乱をおこす計画を立て、あわよくば大坂城を乗っ取ろうと企んでいたそうです。 そこに踏み込んだのが新撰組!谷三十郎らが浪士…

平田篤胤の墓@秋田市2017

私事、転々とする身なのですが、移転先が決まるとまずマップを開いて(最近ならもっぱらスマホでグーグルマップ)その土地を確認することから始めます。数年前、茨城県に移転した際にも、やはりマップを開いてみると、まっ先に目に飛び込んできたのは「間宮…

「栗田神社」@秋田市2018

由緒正しきオヤジの愉しみ?として、司馬遼太郎先生の世界を歩く、というものがあります(笑)今回は司馬先生の「街道をゆく」秋田編を歩きました。秋田市にある新屋町、雄物川河口近くに「栗田町」があります。 佐竹家家中の「栗田定之丞」(1767-1827)。…

庄内藩校「旧致道館跡」@山形2018

山形県鶴岡市の「旧致道館跡」です 各地の幕末の藩校を訪れましたが、その門のカタチが皆似ているように感じました。ここ庄内藩の藩校建築は東北地方唯一のものらしいです 文化2年(1805)酒井家創設の藩校ということで、非常に面白い時代です 内部を見学。…

「せごどん」南州神社@山形2018

「せごどん」の第一話、上野の西郷像除幕式にて「こげなひとじゃなかっ・・!」と叫んで始まった時には一瞬ドキリ!としましたが、その後はファンタジックな展開にて、それはそれである意味肩肘張らずに楽しいかな、と思う私です。なにせまあ斉彬公が(役者が…

菅江真澄の墓@秋田2018

年末の紅白を観ていて、竹原ピストルを見て思わず連想した、「常かぶりさん」こと菅江真澄。いつも頭巾をかぶっているスタイルだったそうです。藩主の佐竹義和が真澄に会いたがった際、「頭巾のままでよろしいでしょうか?」と、なんと頭巾のまま拝謁したと…

仙台藩殉難碑@秋田2017

旧羽州街道沿いの寺内地区に「仙台藩殉難碑」がありました 慶応4年7月、仙台藩の使者が秋田藩士によって殺害されたそうです。このことが、奥羽戦争の引き金になったようです 元々、明治3年に秋田藩有志によって碑が建てられたそうですが、明治21年、その碑は…

「文学の散歩道」高山彦九郎文学碑@山形県酒田市2017

「寛政の三奇人」こと高山彦九郎。「風雲児たち」ファンにはお馴染みの激烈勤王思想家ですね(笑)そんな高山彦九郎の碑を山形県で見つけたら、激烈な驚きを感じざるを得ません(笑)蝦夷地と四国を除く全国各地を遊歴した彦九郎はここ酒田も訪れていたので…

「文学の散歩道」吉田松陰文学碑@山形県酒田市2017

山形県酒田市の日和山公園界隈に「文学の散歩道」というプロムナードがありました ここに幕末ファンにはビッグネームな「吉田松陰」の歌碑が 吉田寅次郎は嘉永4年~東北遊学をしていたと思います まさかここ東北の地で、幕末長州ビッグネームに出会うとは、…

「西郷どん」筆御神号額

山形県酒田市は日枝神社 この神社の山王鳥居に掲げられた御神号額は、今年の大河ドラマで注目を集めるかの「西郷どん」の筆によるのもだそうです これです なぜ西郷どんの筆にゆるものなのか、神社仏閣に詳しい方に教えて欲しいものです それにしてもこちら…

戊辰戦争官軍墓地(常光院)@角館2017

秋田県仙北市は武家屋敷の観光スポットとして有名な角館。桜の頃には大勢の観光客が大挙して賑わいを見せますが、シーズンを外れればこの通り、私的にはいつもの、幕末巡りらしい様相です。 ここに佐竹北家の菩提寺、「常光院」がありました 「戊辰戦争戦没…

横浜開港資料館「明治天皇横濱へ」

横浜開港資料館を訪れました 幕末の開港資料を見学したいのはもとより、コレを見学したくてですね・・・。。いつもマエケンを見る度に明治天皇を連想してしまう幕末ファンの私です・・・(苦笑) 「明治天皇横濱へ」展。2016/10/28~2017/1/29までの開催ですので、…

本覚寺@横浜2016

神奈川宿は「本覚寺」を訪れました 当時は横浜の港(神奈川の港)が一望できたのでしょう、アメリカ領事館でありました 地球的観点からみたらほんの僅かな160年ほどの「直前」にも関わらず、その様相はすっかり様変わりしてしまっている近代の様子ですが、ブ…

渋沢栄一墓@東京2016

谷中霊園の徳川家墓地の近くに渋沢栄一の墓がありました 渋沢栄一は慶喜公に仕えた幕臣として有名ですが、日本における資本主義の父、とも言われているようで、官僚、実業家として多種多様な活躍をされています。数年前に話題になった「理研」の創設者でもあ…

伊達宗城墓@東京2016

東京は谷中霊園です。幕末「四賢侯」のひとり、「伊達宗城墓」。 罪人として逃亡中の高野長英や、長州の村田蔵六を宇和島藩に招き入れるなど、いわゆる開明的な殿様として有名ですね。幕末に関わる重要人物は「みんな」、「安政の大獄」で謹慎等になるんです…

大黒天「経王寺」山門に残る新政府軍の弾痕

西日暮里の大黒天「経王寺」前を通りかかり、案内板を目にして思わず足が止まりました 慶応4年(1868)上野戦争時、敗走した彰義隊をかくまっていたため、新政府軍の攻撃を受けることになり、その山門には弾痕が残るとありました 幕末を巡っていると、墓マイ…

榎本武揚墓@東京2016

東京「吉祥寺」を訪れました。吉祥寺ではなく文京区のお寺、「吉祥寺」です。 「榎本武揚の墓」。蝦夷地に21年間暮らした私にとって内地→蝦夷地の先人に対する畏敬の念はとてつもないものがあります。 約13年ほど前から、世間一般の例から漏れず、「龍馬・新…