2017-01-01から1ヶ月間の記事一覧
遅い時間にー、なって~、ゴメンナサイ!今日はつくば市は「とんかつ丸三」というお店にやってきました。つくば市って言っても、感覚的には牛久でして、ここつくば市なんだ?って感じですいかにもトラディショナルな佇まいのお店、茨城県には結構多いですね…
横浜開港資料館を訪れました 幕末の開港資料を見学したいのはもとより、コレを見学したくてですね・・・。。いつもマエケンを見る度に明治天皇を連想してしまう幕末ファンの私です・・・(苦笑) 「明治天皇横濱へ」展。2016/10/28~2017/1/29までの開催ですので、…
「ガネーシャ」と聞くと関西弁とあんみつを連想してしまうワタシですが・・ここはつくば市のサイエンス通り沿いにあるカレー屋さんです自分、わかとる? オーダーしたのはランチメニューの「キーマオムカリー」750円 このスープとサラダ、そしてキムチが付いて…
旧東海道です。いい坂ですね~・・(笑)この坂の左手側が当時海だった、というのがまったく信じられないです。しかも僅か150年程度前の話ですからね・・、地球の歴史からしたらほんの毛先にも及ばない「ついさっき」の話です。時代の移り変わりには常々驚かされ…
神奈川宿は「本覚寺」を訪れました 当時は横浜の港(神奈川の港)が一望できたのでしょう、アメリカ領事館でありました 地球的観点からみたらほんの僅かな160年ほどの「直前」にも関わらず、その様相はすっかり様変わりしてしまっている近代の様子ですが、ブ…
アレ・・!「岡」じゃない・・・ということで、「山下家」というラーメン店に入ってみました 店内から透けて見えてたPOPにあった「辛味噌ラーメン」700円、いっときます らっしゃい!的な覇気とはまるで正反対な、しみじみした店内・・予想通りの様相で、ラーメ…
東京谷中霊園は徳川慶喜公の墓を訪れました さすがは要人の墓、葵御紋の付いた柵に囲まれており、一般自由に入ることは出来ません ゴールドに輝く「徳川慶喜墓」の説明板も設置されていました 独特なカタチの墓石が並んでいます。我々はよく知る世間一般の墓…
つくば市にある「味太助つくば分店」にやってきました 肉が食いたいですね~肉がということで「牛タン定食(牛タン3枚6切れ)」2300円をオーダーです! あああ・・この透き通ったテールスープ・・寒い時期には汁モノ堪りませんね~・・またネギがいい・・ さて・・それ…
谷中霊園の徳川家墓地の近くに渋沢栄一の墓がありました 渋沢栄一は慶喜公に仕えた幕臣として有名ですが、日本における資本主義の父、とも言われているようで、官僚、実業家として多種多様な活躍をされています。数年前に話題になった「理研」の創設者でもあ…
こんばんわ。うめじろうの生姜焼き探検隊のコーナーです(いったいなんぼコーナーあるんだ・・) 今日は茨城県守谷市のアサヒビール工場近くの「食事処かわはら」ですボク的には築地のお店出身のマスター云々よりもフレンドリーなおばちゃんのほっこりする対応…
谷中霊園の徳川家墓地にやってきました。さすがトクセン家、墓まで城壁に囲まれています・・。 似たような形の立派な墓石が林立しており、墓マイラー時には毎度の事ですが、お目当ての故人を探すのは非常にやっかいです・・。 ありました。「阿部正弘墓」。 今更…
「マッサン」。と言ってもよ余市じゃねーんだよな・・・今日はつくば市の学生エリアにある「めしや益さん」です 益さんの生姜焼き定食980円。いや~やっぱ素敵ですね、生姜焼きって 細切れの豚肉が深い色に炒められていて、とってもいい感じです深く味濃い感じ…
KITTEです。ここに梅光軒て前からあったっけ・・お店は「ばいこうけん」ってひらがな表記されてます。 お店の店員さんに旭川の人はいるんだべか?などと思いながら席につきましたが・・・なんだかなあ・・どうも調子が出ねえ景観にて、ほとほとイヤんなるわな・…
東京は谷中霊園です。幕末「四賢侯」のひとり、「伊達宗城墓」。 罪人として逃亡中の高野長英や、長州の村田蔵六を宇和島藩に招き入れるなど、いわゆる開明的な殿様として有名ですね。幕末に関わる重要人物は「みんな」、「安政の大獄」で謹慎等になるんです…
こんばんわ、今日は名もなきパン屋さんの(いや名前はあるだろ・・、失礼!)フレンチトースト風のチーズサンドです これがとっても美味しかったのであります ほんわり甘いガワがいい感じで、中のハムチーズの塩気と合いまってとっても美味でした~
西日暮里の「本行時」にやってきました 今日の墓マイラーとしての目的は「永井尚志の墓」です。寺の門前にはしっかりとそれを示す石碑が置かれていました 墓地の最奥部にありました。墓石の形状は、我々庶民にも一般的なそれと思われるものですが、さすがに…
「らーめんを探して3000里」のうめじろうです茨城暮らし3年目にしてようやく悟りました。ワタシの定義するところのらーめんは、無い3年彷徨い続けましたがもうやめにします、人間、割り切りが重要ですねさて、そんならーめん事情の中、これは自分の中では新…
西日暮里の大黒天「経王寺」前を通りかかり、案内板を目にして思わず足が止まりました 慶応4年(1868)上野戦争時、敗走した彰義隊をかくまっていたため、新政府軍の攻撃を受けることになり、その山門には弾痕が残るとありました 幕末を巡っていると、墓マイ…