うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

スタバ【キウイフルーツのレアチーズケーキ】でスイーツザムライ

こんばんわー

昨年からスバルの車に乗っているのですが、スバル車にはご周知「アイサイト」という運転支援システムが搭載されていまして、車載カメラによって常に安全走行を監視支援してくれるというものなんです(^^)

歩行者がいるとピピピピッ、と警報音で知らせてくれたり、「ツーリングアシスト」といういわゆる自動運転システムもあったりして、高速道路走行時などでは一定の自動運転をしてくれるという優れモノです。

まあしかし・・私の場合高速走らないので・・・これに関してはあまり関係ないのですが^^;、安全に寄与するシステムは非常に有効に感じています。

その「ツーリングアシスト」システム。要するにカメラが走行車線のラインを見てくれていて、その中央部を走るようにプログラムされているようなんです。

それにより、走行中に左右にちょっとズレたりすると警報音はピピピッと鳴り、「はみ出し注意」という警告が正面のパネルに表示されるんですよね・・。例えば左側をチャリが走っていて、安全に通り過ぎようと大きく右に出てやり過ごしたりする時にも、ピピピッ、と「はみ出し注意」が喚起されます^^;

そんな時は、いや、わかってるし・・!とかツッコミたくなるものですが^^;まあ常に安全走行を注意喚起してくれるのは良い事です・・。

こないだも、ある場所を走行中、じいさんが思いっきし悠然と道路を右から左へ横切り渡り出しまして・・・(-_-;)ほぼ渡り切っているような状況だったんですが、訳のわからん行動をする人はそもそも訳のわからん動きをする恐れあり、と懸念して、なるべくそのじいさんから大きく離れるようにして通り過ぎました。

そしたらシステムが、

ピピピピッ!「はみ出し注意」

が警告されました。

いやいやいや・・・(-_-)この場合、危険なのは私のはみ出しよりむしろ、爺さんの飛び出しだろ、と思わず車にツッコんだうめじろうです・・^^;

いや、誰も車内で話する相手もいないし、車と対話が出来て楽しいわっ・・!笑

さて、うめじろうのスイーツザムライのコーナーです(^^)

今日のおやつは、先日erieriさんが食べていらっしゃったスタバの「キウイフルーツのレアチーズケーキ」495円です!

erieriさんに感化されて、買ってきちゃいました(#^.^#)!

erixeri.hatenablog.com

 

 

 

 

 

私はスタバのケーキって食べたことなかったので、今回が初めてのスタバケーキです(#^.^#)!

んー、オサレなフォルムですねー。この後ろのぷちぷちの部分が、なんだか刈上げの頭部みたいですねー^^;えっ・・そう思うのは私だけ・・?笑

んー♡美味しい(#^.^#)♪

コーヒーとともに、幸せなひととき♡

今日も一日、よく頑張りましたね!と自分を褒めてあげるひととき、大切ですね!笑

出来れば車のAiにも、注意喚起だけでなく、一日の労務もねぎらって欲しいものですね!笑

私はレアなチーズも、ベイクドなチーズも、あらゆるチーズケーキが大好きです(^^)

なかなかお高いので、スタバのケーキは私にはそうそう買えませんが^^;また他のケーキもいただいてみたいです!

それではみなさん、今日も一日お疲れ様でした~(^.^)/~~~

 

 

 

「奥の細道」は一体何をしていたのか?【松尾芭蕉墓】義仲寺@滋賀2022

旧東海道です。

滋賀に移住して以来、行こう行こうと思っていながら・・いつでも行けるし・・・と思いながら早3年が経過しており・・今回ようやく訪れる事が出来ました・・・。

滋賀県大津市の「義仲寺」。

かの俳人松尾芭蕉が眠るお寺です。

 

 

 

 

大津市馬場一丁目の「義仲寺」は膳所駅から坂を下った辺りですが、かつては「粟津ヶ原」と呼ばれていたらしく、琵琶湖に面した景勝地であったそうです。

京阪線石山駅の次に「粟津」という駅がありますが、この辺り一が広く粟津と呼ばれていたのでしょうか?

琵琶湖に面していたというのも、現在ではやや内陸にありますが、例によって今の湖岸線の道路あたりが海岸線(湖岸)だったのでしょう。まさにその名の通り「湖岸」線、そして「なぎさ通」など名称としてもそれが偲べるというものです。

こちらは源氏の朝日将軍・木曽義仲公の墓所であり、「木曽塚」「木曽寺」などと呼ばれていたそうです。

義仲公は寿永三年(1184)正月二十日の粟津の戦いで、31歳にてこの地で討死されました。

「義仲公」墓。

その後年、見目麗しい尼僧がこの墓所のほとりに草庵を結び、日々の供養をされていたといいます。

里人がいぶかって問うと、

「われは名も無き女性」と答えるのみ。

この尼こそ、義仲公の側室「巴御前」の後身であったそうです。

「巴塚」。

この草庵は「無名庵」ととなえられ、「巴寺」「木曽塚」「木曽寺」それから「義仲寺」と呼ばれていたそうで、今に至る訳ですね・・・。このことは、鎌倉時代後期の文書に既に見られるそうです。

「木曽八幡社」。

松尾芭蕉がここにしきりに来訪するようになったのは、貞享年間(1684~)のようですが、ここを宿舎としていたそうです。

元禄七年(1694)、芭蕉は大阪の旅窓で逝去されました。

「骸は木曽塚に送るべし」との遺言によって、遺骸を当地に運び墓を建てたそうです。

松尾芭蕉」墓。

合掌ー。

元禄七年十月十二日没。亨年五十一。

遺言に従って遺骸を義仲寺に葬るため、その夜川舟に乗せて淀川を上り伏見に。翌十三日の午後に義仲寺に入ったそうです。

十四日には葬儀が執り行われ、門人ら焼香者80人、会葬者は300人余りに及んだと説明されていました。

芭蕉終焉記」に「木曽塚の右に葬る」と書かれているそうで、まったくその通り、義仲公の墓の右隣にありました。

非常に雰囲気のある「翁堂」には、芭蕉翁坐像が安置されていました。

その天井の絵は、「伊藤若冲筆四季花卉の図」とのことで・・いやはや・・・やはり近畿は歴史が幾重にも連なって残っている・・と改めて驚くばかりです・・。

境内にはいくつもの句碑が建っていました。

俳句のことはよく解りませんが・・・

「古池や 蛙飛びこむ 水の音」

くらいしか知りません・・・・^^;

ところで、松尾芭蕉と言えば「奥の細道」が有名ですが(私でもその名を知っているくらいですので・・)東北住みの頃もあちこちで芭蕉に「お会い」しましたね・・・。

a-jyanaika.hatenablog.com

蚶満寺に中尊寺、それから酒田市日和山公園でもお会いしました・・・。

いずれも重要な拠点みたいな所が多い印象ですが・・「奥の細道」で一体この人は何をやっていたのでしょうか・・・。

またまた私お得意の、妄想歴史ワールドですが^^;、

当時の日本って、今の私たちが考えているほど全国あちこちをやたらと好き勝手に歩き回れるものでは無かったと思うんですよね・・。

一見、誰も居ないような朴とつとした日常の中でも常に監視の目があって、どこぞこの某がどこさ歩いていた、とか、とくに江戸期なんかは超監視社会だったでしょうから、今のようなIT機器など無い時代に、恐るべき監視情報社会であったと思うんですよ・・・。特に女性に至っては、生まれてから死ぬまでの一生涯、自分の生まれた村からただの一歩も外へ出た事が無い人も大勢いらっしゃったと聞きますから、現代人にはイメージ出来ない社会だったと思うのです。

そんな中、龍馬をはじめとする幕末の志士たちもそうですが、全国中を歩いて移動する、これはつまり「情報」のやりとりに他ならないと思うんですよね。逆に今と違ってIT機器が無いから、人力で伝えるしかない。つまり、情報を伝えて歩く何らかのミッションがあった人なんじゃないでしょうか。「全国各地を歩いて回ることがゆるされていた人」。

何らかのネットワークを結ぶ「仕事」を担っていた・・・。

そのミッションに、東北も取り込む必要があり「奥の細道」に出掛けた。俳諧興行を口実に、大変重要な国レベルの仕事を担っていた大物の一人が、松尾芭蕉なんじゃないでしょうか・・・。

隠密、といわれている話も多いですしね・・。

そんな妄想をしながら訪れた松尾芭蕉の墓、義仲寺。

翁の墓を前にして、東北を思う気分になったことは嬉しいひとときでもありました。

@滋賀2022

 

 

 

折衷創作料理【風人】日替わりランチ|海の幸ムニエル彩り野菜の豆乳ソース@滋賀

こんばんわー

昨日、ミシュランの話に触れましたけれども、元道民としての私にはミシュランのタイヤ、スタッドレスの有能性は非常に優れている、という認識があります。

と言うのも昔、走るのが好きな奴がミシュランスタッドレス履いていて、冬道でそのブレーキ性能を見せてくれた(別に頼んだ訳じゃないのですが・・)ことがあるんです。

もうね・・ただでさえ「ぎょええええ~~~!!」という走り方しやがって・・そういうのにはまったく興味の無い私にとっては危険にさらされているだけの話だったんですが・・^^;その「ぎょえええ~~!!」から、冬道でそのブレーキングはねえべさっ・・!という踏み方をして、シュウウッッ!!!と止るんですよ・・・(~_~;)!もう、びっくらこきましたねー・・!!

私自身はミシュランて履いたこと無いのですが(高いし・・)、それ以来ミシュランのタイヤってのはすごい性能なんだなあ・・という認識でいるんです。変な納得のし方ですけどね^^;。あとはもう、個人的には鉄板のブリザック!ブリジストン信者です(^^)

ちなみに、「クルミ」のタイヤ、ありましたけれども、とりあえず私的には止りませんでしたね・・。横にブレない、と評判でしたが、縦にも止りませんでした・・・^^;(あくまで当時の個人の感想です・・)

さて!今日のランチはこれまでも幾度かご紹介しておりますけれども、ここも間違いなく「ええじゃないかガイド」に載る名店!滋賀県は草津市の「風人」です!!もうね、何をたのんでも間違いなく美味しい(#^.^#)!

今日のランチは日替わりから、「海の幸ムニエル彩り野菜の豆乳ソース」1050円をお願いしました。

 

 

 

私には珍しく、魚にしてみました(^^)

ライスかパンかも選べたんですが、これまた珍しく、パンでお願いしました。

まずはサラダ。「サラダが美味しいお店はメインも絶対美味しい」といううめじろう的セオリーがありますが、こちらのサラダがまた、めっちゃ美味しい(#^.^#)♡もやしのナムルみたいなのが最高です~!

そしてメインのムニエル(#^.^#)♪

これはなんの魚なんでしょうかねえ?(←魚にはまったく無知・・・)

ゴロゴロっと、結構なボリュームのお魚が入ってます。

さっそくいただきま~す!

はひゃあ~~美味しい~~(#^.^#)♡

豆乳ソース?めっちゃクリーミーで塩気もあってうまうまです~~(#^.^#)!

感覚的には上質なホワイトシチューみたいに感じましたが、さすがにこちらのお料理は美味しいですね~♡

いただいた感じだと、お魚はタラ?みたいな感じでしたけれども(全然分からないのでごめんなさい^^;)すごく美味しいです!エビと、そしてブロッコリーもたまんない美味しさでした!

「サラダが美味いとメインも美味い」。この法則はしっかりと生きていました(^^)

っていうか、こちらのお店はそもそも美味しいの知ってるんで当然なんですけどね!

めちゃめちゃ満足度の高いランチでした(^^)

今日も美味しくいただけて幸せ至極!ごちそうさまでした~~!!

 

ミシュランには載らない「ええじゃないか」な激美味【カツカレー】@滋賀県「梅一」

こんばんわー

世に「ミシュランガイド」と言えば卓越した料理が食べられるお店、としてそれに載ってるお店がブランド化するようですが、そもそもミシュランガイドって、いわゆるタイヤ屋さんがサービスで始めた各地の観光ガイドパンフ的なものだったワケですよね?

なるほど、そのガイドを見て楽しい観光地を車で巡ってね(タイヤをすり減らしてね:笑)というものが発端で、やがてグルメガイドとして突出したものになっていったということですね(^^)

それによって現在では、やれミシュラン云々のお店だなんだと私たちははち切れんばかりの期待を胸にお店を訪れるワケですけれども・・・まあ、そうしたお店は「ミシュランガイド」を参照すればよし、しかし、そんな雅なガイドなんかにゃあ載らない全国津々浦々の「名店」「名物」があるのもまたしかり。

私はどちらかと言うと、そうした「載らない方の」お店の方が好きですね(載る方も好きだけど:笑)。

ってか、誰がどうお店を回っているのかも分からないですけれども・・とりあえず私が毎回地元で食べ歩くほどの「津々浦々」までは、きゃつらの触覚も反応すまい。笑

と、いうことで^^;雅な「ミシュラン」なお店に飽きた皆さまにはぜひ、「ええじゃないかガイド」をご参照いただき、全国各地の生活レベルに基づいたグルメをご堪能いただきたいと思います!呵呵

と、いうわけで記念すべき「ええじゃないかガイド」第一弾は、滋賀県栗東市は「梅一」です!!

 

 

 

ウッディな外観、そして内装の喫茶店は、元道民としては非常に落ち着く様相です。

店内には地元のおっさんが約2名、コーヒー飲みながら新聞読んでました。笑

オーダーは「カツカレー」950円。うめじろうの華麗なる日々。

私はカレーが大好きなんです!(知っとるわ・・!笑)

ましてやカツカレーを「最後の晩餐」に当てたいくらいにLOVEなんです!(好きにせや・・!)

つおわおお・・・・!!!美味そう(#^.^#)!!!

この様相、このフォルム、このオーラを感じた瞬間、私は思いました。これは間違いなく「ええじゃないかっ!」なやつだと!!!

いただきます!!

すわっ・・・!う・・・・うっめええええええええええええええ~~~~~~~\(◎o◎)/!!

間違いないっ!!!私の嗅覚には間違いございませんでした・・!!

うめええええ~~~(#^.^#)!!

このしっかりとした肉質のカツ、いわゆる熟成肉とは真逆に位置する感じですが、決して硬いということではなく、さっぱりとして味わいが芳醇なカレーのルゥと最高のマッチングを見せます!

やはりカレーのトッピングたるカツは、ササミなどのさっぱりとした肉との組み合わせにより芳醇なルゥとのギャップを生み魅惑の美味さを呼ぶ!(単にお前の嗜好だべ?笑)そういう観点からカツカレーのカツたるものを知り尽した感のあるカツカレー!決して辛くはないが豊潤さの中から立ちあがって来るパンチ!これはもう、めっちゃええじゃないかっ!!ですねっ(#^.^#)!!

むおおお・・・。

と唸りながら激美味なカツカレーをいただいていると、やはり地元常連客と思しき爺が入ってきました。

向こうの席まで辿り着くまで、一体どれくらい掛かるんだろう・・という足取りで往く爺^^;その途中、チラッと私のカツカレーに目をやり、席につくと

んおわあ・・。カレー・・・・もらおか

えっ?カレー?カレーでいいの?普通のカレー?月見?シーフード?カツカレー?と店員さん。

「月見。」

なるほど、どうやら「月見カレー」も人気で激美味らしいです・・!笑

と、いうことで「ええじゃないかガイド」第一弾は、滋賀県栗東市「梅一」のカフェメシ「カツカレー」でした(^^)

ちなみに、「ええじゃないかガイド」に☆はありません。私の独断と偏見で、ええじゃないかっ!と思ったら載る。笑

ええじゃないか!なお店には☆の数は関係ないのです(おっさんの嗜好強め:笑)。

見て実際に行ってみて、決めるのはアナタだから~笑

本日もお付き合い、ありがとうございました~(^^)

 

 

快慶に逢いにゆく【大報恩寺】(千本釈迦堂)ブッダ巡礼@京都2022

奈良を訪れて以来、すっかり仏像の魅力にハマってしまった私ですが、最近では仏像巡りがまた新たな自身のアクティビティとして加わってしまいました^^;!

とにかくもう、近畿のどこを訪れても国宝、国宝、また国宝!重文のオンパレードにて、まったくもって凄過ぎる!まったく飽きない!飽きが来ない・・!笑

と、いうことで今回は通称「千本釈迦堂」、「大報恩寺」にやって来ました!

鎌倉時代初期に創建された古刹には、かのレジェンド仏師「運慶と快慶」の快慶の晩年の作品が安置されているのであります・・!

 

 

 

大報恩寺は安貞元年(1227)義空上人によって開創された寺だそうですが、義空上人とは藤原秀衡の孫とされているようです。

承久元年(1219)に夢を見て、大報恩寺の建立を発願、翌年に仮堂を建て、そこから実に10年近い年月をかけてこの寺を創ったということです。

この本堂がまず国宝!

応仁の乱の戦火からも免れ、今も創建当時そのままの姿で京洛最古の建造物だそうです・・!マジっすか・・・!!

ご本尊の釈迦如来像は、お厨子の中におられる様子で、お目に掛かることは叶いませんでした。お厨子へ、合掌ー。

やはり京都最古の建造物たるや、お堂の中は異様な空気感が感じられました・・・。

応仁の乱における刀痕」などが柱にある、と説明書きがありましたが・・・そもそも応仁の乱たるや何や・・?昔、教科書でその名は聞いたことがある、としか言いようがありません・・・!^^;

お堂の奥には「おかめ」の置物がたくさん展示されており、おかめ発祥の地でもある当寺へ全国各地から祈願成就の御礼として奉納されたもののようです。

その「おかめ」の伝承にも触れておきましょう。

「おかめ」は本堂建築で棟梁を務めた大工の妻で、棟凌である高次がお堂の建設中、重要な柱の寸法を間違えて切り誤ってしまいました・・・。

棟梁である夫がこれを心憂していたのを見た妻のおかめは、「いっそ枡組をほどこせば・・・」と助言し、この着想が結果的に工事を成功に導きました。

しかし、上棟式を待たずしておかめは、「女の提言によって棟梁としての大任を果たし得た、ということが世間に漏れ聞こえては・・夫の恥・・」と、自害してしまったのです・・・。

「この身はいっそ夫の名声に捧げましょう」

おかめのふくよかな笑顔からはまったく想像のつかない、そんな悲話があったのですね・・・。

サムライはいつ消えてしまったのか・・・常々想うところですが、本当に私たちの祖先は皆、男も女もサムライだなあと討ち震える想いを致します。

境内には本堂の前に大きなしだれ桜?の木がありまして・・・こちらが咲く時期にはさぞすごい景観がそこにあるんだろうと想像出来ます・・。

さぞ混むんでしょうね・・・。

ちなみにこの日は私の他、3,4組くらいしか参拝客は見ませんでした・・。

「おかめ発祥の地」としてか、「阿亀桜」と命名されているようです。

さて、いよいよここ「霊宝殿」にはお宝が安置されています・・!

ガラガラッ、と自動ドアが開き、更に奥の引き戸を開けると・・・。独特の饐えた臭いと言いましょうか・・・例えるなら昔の体育館の倉庫の臭いにも通じるような・・・。

でた!重文、国宝のお宝ががっつり・・・!鎌倉時代のお宝がザックザクです・・!!

慶派の仏師「定慶」の作と言われる「六観音」すごい迫力です・・。

そしてお目当ての「快慶」の仏像!

十大弟子像」!!(大報恩寺HPより)

うっはあ・・・・!これは圧巻・・!!!!

マジで・・今そこに生きているような気配さえ感じてしまいます・・・(゜゜)!

なんてか・・・・専門的な事は皆目解らないのですが・・なんか・・ディティールがめっちゃ精緻!!

ペンに例えるなら、極細のペンで描いているような線を感じる仏像です!!

いや~・・・!すげえ~~・・・!!

中でも私には「目犍連」と言われる像が印象的でして、何が印象的かと言うとその腕の「血管」です・・!なんかもう・・本当に生きている人の腕に浮き上がる血管のように感じて、一体どうやってこれを彫るのだ・・?と不思議でしょうがないですね・・!

ちなみに、この像だけが唯一「快慶」の自著があるそうで、弟子と共に創ったであろう「十大弟子像」の中でもこれだけは快慶の手によるものだとされているようです。

いや~・・・しかし・・・

マジで凄いです・・。まさに、圧巻・・・・。

こんな凄いものが京洛の古刹にひっそりとおわす、というところが鳥肌モンですね・・・。あの東山や祇園、嵐山等の観光客の喧騒を思うに・・・京都にはまったく別次元の世界が存在している・・と思わざるを得ません・・・!

しかし仏像って、必ず「誰か」に似ているような気がしませんか・・?

テレビに出てるような芸能人であったり、身近な身の周りにいる(いた)人であったり・・。私がいつも思うのは、必ずどこかかしらに「あばれる君」がいる、です^^;

いや~・・しかし・・、仏像、たまんないっすね・・・。

今後もまた、ブッダ巡礼、仏像に会いに出掛けたいと思います!

本日もお付き合い、ありがとうございました(^^)

@京都2022