うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

龍馬をゆく~東京

「桜田門外ノ変」@龍馬をゆく2017

安政七年三月三日。水戸浪士たちは品川宿を出発し、愛宕神社に集結。桜田門へ向かう。登城してゆく大名行列。それを見物する町民たち。彦根藩邸上屋敷(上写真)の門が開き、大老・井伊直弼を乗せた籠が門を出た。 彦根藩邸から桜田門までは僅か数十メートル…

彦根藩邸跡(井伊掃部頭邸跡)@龍馬をゆく2017

何か強烈な磁場というか、圧力で圧倒される国会議事堂を横眼に、幕末の大事件のひとつ「桜田門外の変」にまつわる彦根藩邸跡を訪れました この都心の一角のこんもりと木が生い茂った一帯が、当時彦根藩邸があった場所だそうです 道路端には「井伊掃部頭邸跡…

外務省「陸奥宗光像」@龍馬をゆく2017

この日は外務省の陸奥宗光の銅像を見に来ました・・が、国の重要機関には眼光するどい警察官が警戒中にて、なんだか自分がまるで不審者のように思われているようで落ち着きませんでした・・。 それでも何とか道路脇から陸奥宗光像を見る事ができました。んん~・・…

井伊直弼墓@龍馬をゆく2017

東京世田谷は「豪徳寺」を訪れました ここには幕末最大の事件のひとつである「桜田門外の変」の主役、井伊直弼の墓がありました 「井伊家墓所」という敷地が豪徳寺の一角に設けられています ありました。「井伊直弼墓」。 幕末にハマりだした当初は「安政の…

吉田松陰像(松陰神社)@龍馬をゆく2017

世田谷の松陰神社の「吉田松陰先生像」です 松陰先生と言えばこの座する姿ですね お顔立ちは穏やかなる感じです もうひとつ、神社境内に隣接された「松下村塾」の庭に座す松陰先生の像 こちらの先生はちっくとマンガチックですね(笑)

松陰神社内の「松下村塾」@龍馬をゆく2017

世田谷の「松陰神社」。東急世田谷線に「松陰神社前」という駅がありましたよね、しかし三軒茶屋って響きひっさしぶりに聴きました・・遠いむかーしに、このローカル線に乗った記憶がありますね~・・・。 その松陰神社の境内に設置されている「松下村塾」。勿論…

「松陰神社」@龍馬をゆく2017

世田谷です。「松陰神社」にやってきました。 当初、なんで東京に松陰神社なの?と不思議に思っていましたが、この一帯は江戸時代、毛利の別邸があった場所らしいですね。ご周知、吉田松陰は安政に江戸伝馬町の獄中にて処刑されました。桂小五郎や伊藤利助ら…

「海晏寺」@龍馬をゆく2016

品川の「海晏寺」を訪れました。何と言ったらよいのでしょうか・・閉塞感で満ち溢れたお寺という印象です・・。 ご周知の通り、ここには岩倉具視や松平春嶽、中根雪江や由利公正の墓があるのですが、一般の参拝は厳重に閉ざされており、墓地内も「立ち入り禁止」…

山内容堂墓@龍馬をゆく2016

今日は容堂公の墓を訪ねます。京急鮫洲駅を下車し高台の方に歩きます。この界隈は「仙台坂」といわれる仙台藩の屋敷が多くあった場所であると聞きました。 学校に囲まれた敷地の一角にある公園に、容堂公の墓はありました 山内容同、墓。私たち一般人が連想…

「田中家」@龍馬をゆく2016

旧東海道です。いい坂ですね~・・(笑)この坂の左手側が当時海だった、というのがまったく信じられないです。しかも僅か150年程度前の話ですからね・・、地球の歴史からしたらほんの毛先にも及ばない「ついさっき」の話です。時代の移り変わりには常々驚かされ…

【徳川慶喜墓】@龍馬をゆく2016

東京谷中霊園は徳川慶喜公の墓を訪れました さすがは要人の墓、葵御紋の付いた柵に囲まれており、一般自由に入ることは出来ません ゴールドに輝く「徳川慶喜墓」の説明板も設置されていました 独特なカタチの墓石が並んでいます。我々はよく知る世間一般の墓…

阿部正弘墓@龍馬をゆく2016

谷中霊園の徳川家墓地にやってきました。さすがトクセン家、墓まで城壁に囲まれています・・。 似たような形の立派な墓石が林立しており、墓マイラー時には毎度の事ですが、お目当ての故人を探すのは非常にやっかいです・・。 ありました。「阿部正弘墓」。 今更…

永井尚志墓@龍馬をゆく2016

西日暮里の「本行時」にやってきました 今日の墓マイラーとしての目的は「永井尚志の墓」です。寺の門前にはしっかりとそれを示す石碑が置かれていました 墓地の最奥部にありました。墓石の形状は、我々庶民にも一般的なそれと思われるものですが、さすがに…

高知県アンテナショップ「まるごと高知」の龍馬像@龍馬をゆく2016

有楽町駅からすぐの高知県アンテナショップ「まるごと高知」にやってきました 桂浜をはじめ、全国各地の龍馬像に会いに行ってきましたが、ここが最も日本の中央にある龍馬像でしょうか(笑)千葉門の剣術修行で過ごした江戸の日々、江戸城を望むこの地で眼を…

軍艦操練所跡@東京2016

2016年、築地市場は豊洲への移転問題に揺れ、この年の話題に上りました。その築地の「軍艦操練所跡」を訪れました。 幕末、西洋式海軍の必要性に迫られた幕府がもともとこの辺りにあった築地講武所内に軍艦教授所を設立しました。安政4年、永井尚志が総督で…

土佐藩中屋敷跡地@龍馬をゆく2016

中央区役所前にやってきました。ここにはかつて土佐藩中屋敷があったそうです。「土佐藩築地邸跡」の案内板がありました。 裏手に回ると図書館の入口がありました 龍馬が江戸に入って草鞋を脱いだのはここ中屋敷だったのでしょうか、鍛冶橋の上屋敷だったと…

桜田烈士愛宕山遺蹟碑@龍馬をゆく2016

愛宕神社境内にある「桜田烈士愛宕山遺蹟碑」です ご周知、「桜田門外の変」における浪士が結集した場所ですね。昭和16年に建てられた碑だそうです。 碑の裏には安政7年(1860)、雪降る三月三日のことが記されています。大老井伊直弼の名も当然刻まれていま…

愛宕神社@龍馬をゆく2016

愛宕神社にやって来ました ほほう・・これがかの有名な「出世の石段」ですな・・。 たしか寛永、三代将軍家光の時でしたでしょうか?徳川将軍家菩提寺である芝増上寺参詣の帰路、ここを通りかかった家光は愛宕山に咲く梅の花を見、「たれか馬にてあの梅を取って…

増上寺「皇女和宮像」@龍馬をゆく2016

東京芝は増上寺、東京タワーの「根元」に建つ「安国殿」に皇女和宮の像が祀られていると聞いて訪れました 脇陣に徳川家御一門の御位牌が並び、その横に和宮像が安置されていました ・・・・。なにか、こう、気圧される空気があります・・・。 こちらが徳川家御位牌…

皇女和宮・将軍家茂墓@龍馬をゆく2016

増上寺は「徳川家墓所」を訪れました。「徳川将軍家霊廟」 墓所への門も凄いですね・・・。 葵の御門が威光を示すようです・・。 皇女和宮墓。将軍家茂に降嫁させられた孝明天皇の妹ですね。公武合体政策によって、有栖川宮との婚約を破棄され徳川家に嫁ぎました…

長岡謙吉墓@龍馬をゆく2016

増上寺の塔頭のひとつと言われる「安養院」。ここにある「長岡謙吉の墓」に参りました。 長岡謙吉墓。土佐の長岡謙吉は河田小龍門下で長崎では海援隊で龍馬と共に行動し、文才に優れていた為、龍馬発案の「船中八策」を書き留め成文化した人、として知られて…

千葉灸治院跡@龍馬をゆく2016

「竜馬」の物語で大きな彩りを見せる女性のひとりが「千葉さな」、おさなさまですね。北辰一刀流、江戸の千葉道場は定吉の次女。「重さん」の妹ですね。凄腕の女剣士として、その美貌と剣豪ぶりから「鬼小町」と呼ばれていたそうです。そんな佐那に惹かれて…

神道無念流「練兵館」跡@龍馬をゆく2016

靖国神社です 靖国神社の境内にある「練兵館跡地」にやって参りました 「神道無念流 練兵館跡」碑。龍馬が修行した千葉門は北辰一刀流として知られますが、「江戸の三大道場」のひとつ、「力の斎藤」(無念流)です。「技の千葉(北辰一刀流)、力の斎藤(神…

大村益次郎像@龍馬をゆく2016

靖国神社です。 大村益次郎像。非常に高い位置にあり見上げる角度ですね。 望遠レンズが無いとその表情が捉えきれません。が、その異様な?顔立ちは際立って解ります・・・(苦笑)

「ジョン万次郎」墓@龍馬をゆく2016

幕末ファンにはお馴染みな「ジョン万」のお墓にやって参りました 「ジョン万次郎」こと中濱万次郎墓。ご周知、土佐の漁師で出漁中に遭難し、アメリカ捕鯨船に救助されます。同船の船員として従事し、船長の援助によりアメリカで学校教育を受けました。アメリ…

千葉定吉・重太郎墓@龍馬をゆく2016

豊島区南池袋の雑司ヶ谷霊園を訪れました 北辰一刀流、龍馬の剣術の師匠である千葉定吉、そして重太郎の墓 龍馬が江戸剣術修行でお世話になった恩人のひとりとして大きな存在です。桶町千葉道場で龍馬は剣術を磨きました。 そして息子の重太郎は「竜馬がゆく…

勝海舟邸跡@龍馬をゆく2016

本氷川坂を下っていきます この坂、短距離ですが結構なこう配でして・・・。都内の幕末歩きでもやはり上下運動を余儀なくされます・・。 坂を下りると見えてきた一角は 赤坂六丁目十、の標識がありました。龍馬巡りを初めてから実に11年・・、色々ありまして、よう…

氷川神社@龍馬をゆく2016

勝海舟先生ん家を訪れるべく、東京赤坂は氷川神社にやって参りました 神社というのはいつも不思議に思うのですが、こんな都会のど真ん中でさえも、その境内の一角だけはうっそうとしている、というか なるほど、鳥居をくぐって神の世界の領域に入るというの…

周布正之助墓@龍馬をゆく2016

青山霊園、周布家之墓。お骨があるのは地元山口県のその名も「周布町」のようですが、ご子息が東京に建てたお墓でしょうか。

森有礼墓@龍馬をゆく2016

青山霊園、森有礼墓。「薩摩スチューデント」の一人ですね。薩摩スチューデントと「長州ファイブ」が密航先のヨーロッパで会うというのがまた裏がありそうで面白いところです。 鹿児島中央駅前の「若き薩摩の群像」の中の一人でもあります。急進的欧化主義者…