うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

龍馬をゆく~大阪

桂早之助・渡辺吉太郎墓(心眼寺)@龍馬をゆく2018

いよいよ2018「龍馬をゆく」大坂編もクライマックスです。今回もヘロヘロになりながら、辿り着いたのは「心眼寺」。 「真田丸」で有名な心眼寺ですが、私の主目的はもちろん「幕末」です。 本堂のすぐ前に鎮座するふたつの墓石。 「桂早之助」「渡辺吉太郎」…

稱念寺(伊達家陸奥家墓跡)@龍馬をゆく2018

いよいよ2018年「龍馬をゆく」大坂編も大詰めとなって参りました。夕陽ヶ丘は「稱念寺」。ここは伊達宗広、陸奥宗光親子の墓所跡となっています。どうもこの、「夕陽丘」(夕日岡)とは宗光の父、伊達宗広が命名したらしいではありませんか。 龍馬ファンの我…

齢延寺と源聖寺坂@龍馬をゆく2018

齢延寺に着きました。このお寺には、武市瑞山の義弟、妻富子の弟、島村寿太郎が埋葬されていると聞きました。 さらには土佐藩郷士、安岡恒之進の墓もあるといいます。安岡恒之進は安岡嘉助の従兄弟にあたり、安岡嘉助と言えば、那須信吾・大石団蔵と共に、幕…

法性寺(龍馬潜伏の寺)@龍馬をゆく2018

街歩きはまだまだ続きます。朝からずっと歩き通しにて、さすがに足腰もクタクタになって来ました・・。辿り着いたるは、「法性寺」。 お寺の門前に碑があります。「蘭医ボードウィン逗留の寺」。幕末時のオランダ人医師、ボードウィンの宿舎となっていたお寺だ…

天保山@龍馬をゆく2018

天保山にやってきました。ここも幕末の交通の要衝のひとつとなりましょうか、よく出てくる場所ですね。 我々、「龍馬」的にはやはりコレですね。龍馬とおりょうが、いわゆる日本初の新婚旅行、薩摩に出発した場所がここ、天保山の湊でした。こうしたモニュメ…

八軒家船着場跡@龍馬をゆく2018

天満橋の近くにある老舗の昆布屋さん。こちらの店先に碑が建っていました 「八軒家船着場の跡」。江戸の頃、ここに八軒の船宿があったことから、そう呼ばれるようになったそうです。そうです、この船着場から幕末、淀川を上り伏見寺田屋まで龍馬も行き来して…

大坂城@龍馬をゆく2018

デカイ・・・。率直なる感想です。初めて来ました、大坂城。 この大きな歴史のポイントでは、あまりにも多くの要素があり過ぎて、「うめじろうのええじゃないか!」的には何をアーカイブすればよいものか・・、ちょっとわかりません・・苦笑) と、いうことで(笑)…

土佐藩住吉陣屋跡地付近@龍馬をゆく2018

大都市大阪にも路面電車があるんだ・・、と驚きつつ、阪堺線と言うのでしょうか?に乗って住吉大社方面に向かいました 東粉浜で下車すると、そこはもはや完全なる路面電車通りな様相・・。中央区の大都市の様相とはまるで違う雰囲気ですね・・。さて、この界隈に当…

三文字屋跡@龍馬をゆく2018

住吉警察署前にやってきました。別に悪さをしたわけではありません・・苦笑 ここはかつて料停旅館「三文字屋」という有名な旅館があった場所、なのだそうです。文久2年(1862)長州から土佐へ戻る道中、龍馬は大阪入りし南朝ゆかりの地(阿倍野)を巡り、その…

「薩万」(海援隊大阪詰所)跡@龍馬をゆく2018

薩摩藩の大阪上屋敷にほど近い場所にあったとされる「薩万」。ご周知、海援隊の大阪詰所です。 ちょうど、このコンビニ辺りになりましょうか。幕末の商家「薩摩屋万吉」、通称「薩万」。 交差点から向こうに目をやれば、薩摩藩蔵屋敷跡(上屋敷跡)である現…

薩摩藩蔵屋敷跡@龍馬をゆく2018

土佐堀通りを歩きました。堀に川、史跡巡りを歩いていると、改めて当時の交通は「川」なんだな、と思わされますね。 見えて来ました。三井倉庫の建物。 やっぱり三井なんだな~・・・ その一角に建っていた碑。「薩摩藩蔵屋敷跡」。ここはいわゆる薩摩藩の上屋…

五代友厚邸跡@龍馬をゆく2018

靱公園にやってきました。難しい漢字ですね・・。 さて、この公園界隈が、かつて五代友厚の屋敷があった場所だということで、さすがは大阪商人達に請われた経済界の大人物、というイメージが湧きあがってくる規模ですね・・。

北御堂@龍馬をゆく2018

「北御堂」(西本願寺津村別院)にやって来ました。ここは、姉小路公知ですね。 文久3年(1863)4月に、勝海舟が姉小路公知に謁見。攘夷派の急先鋒の公卿として有名ですが、この後5月に、京都御所「猿ヶ辻」で暗殺されてしまいます。ちなみに、この「猿ヶ辻…

大和屋弥七邸跡(近藤長次郎妻邸)@龍馬をゆく2018

龍馬と幼馴染の「まんじゅうや」近藤長次郎。その奥さんの実家「大和屋弥七邸跡」。 現在は立派なビルが建っているんだなぁ、と思って見ると、あれ?「ニッケ」の会社なんですね。 ご周知、才溢れる近藤長次郎は努力を重ね、文久3年(1863)には名字帯刀を許…

勝海舟寓居跡(大阪海軍塾跡)@龍馬をゆく2018

この場所が当時「専稱寺」があった場所のようです。勝海舟の大阪での寓居先であり、大阪で私塾、海軍塾を開いた場所。龍馬もここを訪れていたことでしょう。 自販機の横に、ひっそりと建つ碑がありました。この場所では元治元年(1864)、勝海舟と西郷隆盛が…

月照生誕地の謎@龍馬をゆく2018

大阪の史跡を検索していると、「月照生誕地」とありました。示された場所に行ってみると、とあるマンションの前。通説では香川県善通寺市の出身ではなかったでしょうか・・? 月照はご周知、京都清水寺の住職。尊皇攘夷派で西郷隆盛と親交があり、錦江湾に入水…

緒方洪庵像@龍馬をゆく2018

幕末の一大スポット、「適塾」を訪れました 大都会のビルの谷間に「江戸時代」が残る、異様な空間がありました 隣接する公園に鎮座する、「緒方洪庵像」。 この時代の医者は、何故か「しぇー」な髪型ですね・・。どうしてこういう髪型になるのか、謎です・・ 緒…

適塾@龍馬をゆく2018

今回の「龍馬をゆく2018大阪」は、ここを訪れる為にある、と行っても過言ではない幕末の大きなスポット。「適塾」。毎度の事ながら、幕末スポットが大きく残されている場所に来ると興奮を隠せません・・!大都会のビルの一角に、ここだけ江戸時代が残されたよ…

五代友厚像@龍馬をゆく2018

大阪取引所の前にドーンとそびえ立つ「五代友厚像」。平成の世には「五代さま」って人気だと、ご本人は予想出来たでしょうか・・笑 2018年の「龍馬をゆく」は大阪を訪れました。2012年に神戸を歩いた際に、「司馬遼太郎記念館」にだけ、来て以来なので、実質初…