うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

龍馬をゆく~京都

鷹司邸跡(久坂玄瑞自刃の地)@龍馬をゆく2021

御所です。堺町御門。幕末、禁門の変時には、ここでも地獄絵図が展開したであろう場所のひとつです 文久三年(1863)、八一八の政変にて長州藩は京を追われました。失地回復に努めるべく、京の都を駆けまわっていた長州藩士たちでしたが、翌年6月、まさにそ…

中岡慎太郎寓居之地@龍馬をゆく2019

2019年3月、滋賀に引っ越しの当日、京都じゃ、京都じゃ!と心躍ってしまい、引っ越しそっちのけで幕末巡りをしてしまった記録です・・。(2021年時点でまだまだUPし切れず・・苦笑) 「中岡慎太郎寓居之地」碑。 そうです、今や若者に大人気の?「抹茶館」となっ…

久坂玄瑞、吉田稔麿等寓居跡@龍馬をゆく2020

「久坂玄瑞、吉田稔麿等寓居跡」碑法雲寺のこの界隈、ご周知、長州藩邸跡地にほど近い場所です。なるほど、この界隈には長州藩士らが多く居住していたと見え、文久二年(1862)には長井雅楽の殺害に失敗した久坂玄瑞らが藩に自首し、当寺で謹慎していたそう…

間部詮勝寓居跡@龍馬をゆく2020

鯖江藩主間部詮勝。大老、井伊直弼「井伊の赤鬼」そして「間部の青鬼」として「安政の大獄」で尊皇攘夷派を弾圧した老中として知られます。 我々、幕末ファンに有名なのが、安政の大獄で捕えられた吉田松陰が、間部の暗殺を企てていることを自ら告白、死罪と…

2020龍馬祭レポ@龍馬をゆく2020

新型コロナウイルス禍による中止も懸念されていた、2020年の龍馬祭でしたが、霊山護國神社では無事、法要が執り行われておりました2020年11月15日の龍馬祭のレポです(なんとか年内にUP間に合いました・・!) 私自身も、5年ぶりに11月15日に休みが当たり、京…

明保野亭跡@龍馬をゆく2020

「竜馬がゆく」でお馴染みのスポット、「明保野亭」。三寧坂の超絶観光スポットに、現在の明保野亭があります。物語の中で、龍馬がお田鶴様と密会する舞台ですね。最初に「竜馬がゆく」を読んだ頃の私は、お田鶴様も実在する人物だと思っていました・・。お田…

「大西郷・月照謀議の跡」(静閑寺・郭公亭)@龍馬をゆく2020

西郷隆盛と清水寺の住職・月照。定説では二人は入水自殺を図り、西郷だけが奇跡的に助かった、という事になっていますが、幕末におけるその二人の関係性に注目するところのうめじろうです今回、その二人が「謀議をした」とされる茶室、「郭公亭」のある静閑…

二条城@龍馬をゆく2020

2006年以来、14年ぶりに二条城内を見学しました。2006年のログを見るに、この同じ場所で同じアングルで写真を撮っているんですね・・。人間の行動パターンというものは、自ずと決まっていることを実感いたします・・・苦笑 しかし、門が当時より綺麗になっちょる…

下鴨神社@龍馬をゆく2020

上賀茂神社を訪れた後に、今度は下鴨神社を訪れました 幕末ファンとしては、両方同じ日に訪れなければなりません・・笑 残念ながら私には、神社仏閣に関する知識が無いので、詳しい事が解りません・・。もう少し勉強をして訪れれば、何倍も楽しめると思うのです…

上賀茂神社@龍馬をゆく2020

「鴨」とは何ぞや。我々「幕末人」は、ついつい新撰組局長、芹澤鴨を連想してしまうのですが、古代民族の種族を表す名称のひとつらしく、鴨族は古代大和の葛城山麓一帯に住んでいた種族らしいです。そもそも、鴨の語源は「神」にあり、「カモ」「カミ」「カ…

「京都守護職上屋敷跡」@龍馬をゆく2020

2006年以来の、京都守護職上屋敷跡地です。前回は「新撰組」のカテゴリーでしたので、今回は「龍馬をゆく~京都編」に組み込みたいと思います 京都守護職会津本陣は、「くろ谷」さん、金戒光明寺ですが、ここは市中にあった上屋敷の跡地ということで、現在の…

大仏南門「土佐志士寓居跡」@龍馬をゆく2020

この界隈、有名な三十三間堂の近隣にて、南大門の現在の塩小路通りになります。かつて豊臣政権が、文禄年から造営した大仏殿方広寺があった場所で、当時は相当広大な敷地面積であったそうです。京博や、三十三間堂、「血天井」で有名な養源院などもその境内…

楢崎将作寓居跡(おりょう実家跡)@龍馬をゆく2020

おりょうの父、楢崎将作は青蓮院宮の侍医で、京都柳馬場三条下ル付近で開業していたといいます。勤皇家の医師で、天皇の権威復活を望んでいた父を持つ長女のおりょうは、龍馬らの活動を理解したであろうことが想像出来ます その楢崎将作の寓居跡地に、碑が建…

武信稲荷神社@龍馬をゆく2020

今回、「武信稲荷神社」を訪れました こちらの神社には、龍馬とおりょうにまつわる逸話が伝わっておりますが、これまでなかなか訪れる機会がありませんでした。今回、京滋に居住する環境下によって、こうしてゆっくりと散策出来る機会に恵まれ、嬉しい限りで…

来島又兵衛討死の地@龍馬をゆく2020

御所は蛤御門を入ったところです。のちに、「蛤御門ノ変」と呼ばれるようになったのも、長州の来島又兵衛率いる一隊の攻撃が最もすさまじく、この一帯が主戦場になったからだと言われています 掛かれえっ!!掛かれえっ!! 血しぶきまみれになりながら、敵…

岩倉具視幽棲旧宅@龍馬をゆく2020

森の多い上加茂村を経、松ヶ崎村に入り、そこをさらに経ると、坂がある。狐坂という。古歌にも出てくる坂で、いまでもその名のとおりよく狐が出るという。この坂までくればもうそこが岩倉村である。 「竜馬がゆく」で中岡慎太郎が、岩倉村で隠棲する岩倉具視…

「蛤御門」@龍馬をゆく2020

2006年以来ですね、久しぶりの再訪となりました「蛤御門」。 有名な「蛤御門の変」(禁門の変)という名前になった御門です 長州軍は、総帥国司信濃指揮する一隊は中立売御門へ、もう一隊の来島又兵衛率いる兵四百が護王神社前で更に二隊に別れ、一隊は下立…

水戸藩邸跡@龍馬をゆく2020

京都は御所の蛤御門のすぐ近く、水戸藩邸跡地です。水戸藩と言えば言わずと知れた「御三家」。ここに藩邸が置かれたのは古く、貞享三年(1686)だそうです・・! 説明版と共に、立派な石碑が建っていました。「水戸藩邸跡」碑。 水戸藩と言えば二代・徳川光圀…

学習院発祥の地(建春門外)@龍馬をゆく2020

京都御所は建春門。その、建春門外にあったのが「京都学習院」ですね。 ちゃんと案内板もありました。「学習院発祥の地」。安永八年(1779)閑院宮家出身の光格天皇は、公家の教育振興に取り組みました、と説明されています。つまり、光格天皇が学習院設立を…

皇女和宮生誕の地(橋本家跡)@龍馬をゆく2020

御所です。時は「コロナ前」、この時はまさか数ヵ月後の世界がこうも変わってしまうとは、思いもしませんでした・・・。 今回訪れたのは、「皇女和宮生誕の地」。弘化三年(1846)潤五月十日、京都御所の東に隣接する橋本邸にて生まれました。十四年間、ここで…

桂小五郎・幾松寓居跡@龍馬をゆく2019

2019年3月、滋賀への引っ越し当日、大阪空港から滋賀へ向かう途中、京都じゃ京都じゃ、と興奮してしまい引っ越しそっちのけで幕末巡りをしてしまった記録です。笑 2006年、2015年に引き続き3回目なので、今回は「逃げ」の桂小五郎と、幾松について語ってみた…

「猿ヶ辻」@龍馬をゆく2020

御所というのは、どうなんでしょう?一般的な京都観光の範疇に入っているものでしょうか?一般的に、京都観光に行く、その主たる目的地が御所、という話はあまり聞かない気がしますね かく言う私も、2006年以来の「御所」です。実に14年ぶり。やはり広いです…

薩摩藩邸(二本松屋敷)跡@龍馬をゆく2020

地下鉄烏丸線「今出川駅」を降りると、その周囲が既にトラディッショナルな壁に囲われて、いかにも歴史的因果を表す様相に感じてしますのは、私の頭と心が幕末にトリップしているからでしょうか・・。 まさにお城です。京都の大学、というだけでカッコイイのに…

御花畑御屋敷跡(薩長同盟所縁之地)@龍馬をゆく2020

市営地下鉄鞍馬口駅を垂直に横切る鞍馬口通り。この、地図上で左右に横切るラインが、江戸期の京都の北端だったそうで、「これより洛中」な場所なのであります。 この場所に、近衛家別邸(御花畑御屋敷)が営まれ、幕末には薩摩島津家が使用していました。 …

彦根藩邸跡@龍馬をゆく2019

2019年の引っ越し時に、現地(滋賀)に向かわねばならないのに京都に心躍らせて幕末巡りをしてしまった記録です・・・笑 高瀬川沿いの藩邸群にある「彦根藩邸跡」碑。2006年に初めて幕末巡りで京都を訪れた際には、まだまだ幕末も龍馬も初心者だったせいもあり…

「佐久間象山、大村益次郎遭難之地」@龍馬をゆく2019

2019年春、滋賀に引っ越すにあたって、引っ越しの当日に京都に寄った記録です・・笑 高瀬川沿いの、「佐久間象山・大村益次郎遭難之地」であります 元治元年七月、三条小橋付近で攘夷派に白昼メッタ刺しにされて殺された佐久間象山。明治二年、木屋町の旅館で…

薩摩島津伏見屋敷跡@龍馬をゆく2020

薩長同盟締結後、寺田屋で幕吏の襲撃を受け逃げた龍馬と三吉慎蔵。逃げ出した二人は材木小屋に逃げ込みます。その後、薩摩屋敷に急を知らせた慎蔵、そしておりょう。薩摩藩は船を出して材木小屋へ龍馬救出に向かいました。 船に乗せられた龍馬は、伏見薩摩屋…

お登勢墓(松林院)@龍馬をゆく2020

「寺田屋お登背勢」。寺田屋六代目・寺田屋伊助の妻、お登勢は宿を切り盛りし、幕末の志士たちの面倒を見ました もちろん、我らが龍馬も、そして妻おりょうも援けた女史です。「龍馬」という物語の主役の一人でもありましょう。 物語では龍馬の姉的存在とし…

「平田靱負翁之墓」(大黒寺)@龍馬をゆく2020

通称「薩摩寺」、伏見大黒寺。 薩摩の内ゲバ、寺田屋事件の「薩摩九烈士之墓」がありましたが、こちらのお寺にはもうひとつ、幕末ファンには欠かせない墓がありました 「平田靱負翁之墓」。 ご周知、木曽川の大規模治水工事「宝暦治水工事」で指揮を執った平…

「伏見寺田屋殉難九烈士之墓」(大黒寺)@龍馬をゆく2020

文久二年(1862)初夏、薩摩の定宿、伏見寺田屋には薩摩の尊皇派の激徒達が集結していました。京都所司代を血祭りにあげ、その首を持って久光に奉じ無理くりにでも勤王諸侯、有志を蜂起せしめ、一気に政権を朝廷に戻さんとする暴発計画です。 しかし、この時…