うめじろうのええじゃないか!

貧困中年のサバイバル日記

龍馬をゆく~京都

来島又兵衛討死の地@龍馬をゆく2020

御所は蛤御門を入ったところです。のちに、「蛤御門ノ変」と呼ばれるようになったのも、長州の来島又兵衛率いる一隊の攻撃が最もすさまじく、この一帯が主戦場になったからだと言われています 掛かれえっ!!掛かれえっ!! 血しぶきまみれになりながら、敵…

【岩倉具視幽棲旧宅】@龍馬をゆく2020

」 森の多い上加茂村を経、松ヶ崎村に入り、そこをさらに経ると、坂がある。狐坂という。古歌にも出てくる坂で、いまでもその名のとおりよく狐が出るという。この坂までくればもうそこが岩倉村である。 「竜馬がゆく」で中岡慎太郎が、岩倉村で隠棲する岩倉…

「蛤御門」@龍馬をゆく2020

2006年以来ですね、久しぶりの再訪となりました「蛤御門」。 有名な「蛤御門の変」(禁門の変)という名前になった御門です 長州軍は、総帥国司信濃指揮する一隊は中立売御門へ、もう一隊の来島又兵衛率いる兵四百が護王神社前で更に二隊に別れ、一隊は下立…

水戸藩邸跡@龍馬をゆく2020

京都は御所の蛤御門のすぐ近く、水戸藩邸跡地です。水戸藩と言えば言わずと知れた「御三家」。ここに藩邸が置かれたのは古く、貞享三年(1686)だそうです・・! 説明版と共に、立派な石碑が建っていました。「水戸藩邸跡」碑。 水戸藩と言えば二代・徳川光圀…

学習院発祥の地(建春門外)@龍馬をゆく2020

京都御所は建春門。その、建春門外にあったのが「京都学習院」ですね。 ちゃんと案内板もありました。「学習院発祥の地」。安永八年(1779)閑院宮家出身の光格天皇は、公家の教育振興に取り組みました、と説明されています。つまり、光格天皇が学習院設立を…

皇女和宮生誕の地(橋本家跡)@龍馬をゆく2020

御所です。時は「コロナ前」、この時はまさか数ヵ月後の世界がこうも変わってしまうとは、思いもしませんでした・・・。 今回訪れたのは、「皇女和宮生誕の地」。弘化三年(1846)潤五月十日、京都御所の東に隣接する橋本邸にて生まれました。十四年間、ここで…

桂小五郎・幾松寓居跡@龍馬をゆく2019

2019年3月、滋賀への引っ越し当日、大阪空港から滋賀へ向かう途中、京都じゃ京都じゃ、と興奮してしまい引っ越しそっちのけで幕末巡りをしてしまった記録です。笑 2006年、2015年に引き続き3回目なので、今回は「逃げ」の桂小五郎と、幾松について語ってみた…

【猿ヶ辻】姉小路公知暗殺@龍馬をゆく2020

御所というのは、どうなんでしょう?一般的な京都観光の範疇に入っているものでしょうか?一般的に、京都観光に行く、その主たる目的地が御所、という話はあまり聞かない気がしますね かく言う私も、2006年以来の「御所」です。実に14年ぶり。やはり広いです…

薩摩藩邸(二本松屋敷)跡@龍馬をゆく2020

地下鉄烏丸線「今出川駅」を降りると、その周囲が既にトラディッショナルな壁に囲われて、いかにも歴史的因果を表す様相に感じてしますのは、私の頭と心が幕末にトリップしているからでしょうか・・。 まさにお城です。京都の大学、というだけでカッコイイのに…

御花畑御屋敷跡(薩長同盟所縁之地)@龍馬をゆく2020

市営地下鉄鞍馬口駅を垂直に横切る鞍馬口通り。この、地図上で左右に横切るラインが、江戸期の京都の北端だったそうで、「これより洛中」な場所なのであります。 この場所に、近衛家別邸(御花畑御屋敷)が営まれ、幕末には薩摩島津家が使用していました。 …

彦根藩邸跡@龍馬をゆく2019

2019年の引っ越し時に、現地(滋賀)に向かわねばならないのに京都に心躍らせて幕末巡りをしてしまった記録です・・・笑 高瀬川沿いの藩邸群にある「彦根藩邸跡」碑。2006年に初めて幕末巡りで京都を訪れた際には、まだまだ幕末も龍馬も初心者だったせいもあり…

「佐久間象山、大村益次郎遭難之地」@龍馬をゆく2019

2019年春、滋賀に引っ越すにあたって、引っ越しの当日に京都に寄った記録です・・笑 高瀬川沿いの、「佐久間象山・大村益次郎遭難之地」であります 元治元年七月、三条小橋付近で攘夷派に白昼メッタ刺しにされて殺された佐久間象山。明治二年、木屋町の旅館で…

薩摩島津伏見屋敷跡@龍馬をゆく2020

薩長同盟締結後、寺田屋で幕吏の襲撃を受け逃げた龍馬と三吉慎蔵。逃げ出した二人は材木小屋に逃げ込みます。その後、薩摩屋敷に急を知らせた慎蔵、そしておりょう。薩摩藩は船を出して材木小屋へ龍馬救出に向かいました。 船に乗せられた龍馬は、伏見薩摩屋…

お登勢墓(松林院)@龍馬をゆく2020

「寺田屋お登背勢」。寺田屋六代目・寺田屋伊助の妻、お登勢は宿を切り盛りし、幕末の志士たちの面倒を見ました もちろん、我らが龍馬も、そして妻おりょうも援けた女史です。「龍馬」という物語の主役の一人でもありましょう。 物語では龍馬の姉的存在とし…

「平田靱負翁之墓」(大黒寺)@龍馬をゆく2020

通称「薩摩寺」、伏見大黒寺。 薩摩の内ゲバ、寺田屋事件の「薩摩九烈士之墓」がありましたが、こちらのお寺にはもうひとつ、幕末ファンには欠かせない墓がありました 「平田靱負翁之墓」。 ご周知、木曽川の大規模治水工事「宝暦治水工事」で指揮を執った平…

「伏見寺田屋殉難九烈士之墓」(大黒寺)@龍馬をゆく2020

文久二年(1862)初夏、薩摩の定宿、伏見寺田屋には薩摩の尊皇派の激徒達が集結していました。京都所司代を血祭りにあげ、その首を持って久光に奉じ無理くりにでも勤王諸侯、有志を蜂起せしめ、一気に政権を朝廷に戻さんとする暴発計画です。 しかし、この時…

坂本龍馬 避難の材木小屋跡碑@龍馬をゆく2020

寺田屋で幕吏の襲撃から辛くも逃げ出した龍馬と慎蔵。その時に逃げ込んだとされる、濠川沿いの材木小屋があったであろう場所を再訪しました 上写真の道路を渡った反対側に、「坂本龍馬 避難の材木小屋跡」の碑が建てられていました 2006年時に訪れた際、ちょ…

伏見長州藩邸跡@龍馬をゆく2020

寺田屋からほど近くに、何やら碑が立っていました 道路を渡って近づいてみると、「伏見長州藩邸跡」。 こんなところに長州藩邸があったのですね・・。龍馬が寺田屋で幕吏の襲撃から逃れた際、状況によっては薩摩藩邸より近いここへ逃げ入ることは出来なかった…

「龍馬とお龍、愛の旅路像」@龍馬をゆく2020

14年ぶりに訪れた伏見は「寺田屋」。そこから川を挟んだ向かい側に なんだか、龍馬らしき銅像があるじゃないかえ・・!!?? えっ・・!?こんな銅像いつからあんの・・・!? 「龍馬とお龍、愛の旅路」像と名称が。「平成二十三年」とありますから、2011年ですか…

寺田屋@龍馬をゆく2020

実に、2006年以来ですね。当時は私も幕末にハマって3~4年くらいでして、私の中の坂本龍馬は「竜馬がゆく」の世界、それだけでした・・。故にある意味純粋に龍馬や幕末を楽しめましたし、当時ここを訪れた感動ったら、そらあもう激熱でしたね! 「竜馬がゆく」…

伏見土佐藩邸跡@龍馬をゆく2020

「伏見土佐藩邸跡」碑塩屋町、南浜町は今でも地図に見受けられます。この藩邸には藩主や側室・腰元らの生活する「御殿」は無かったと説明にありますから、家臣らが町役をしながら交通の要衝であるこの地につめていたのでしょうか 龍馬の「定宿」、寺田屋はほ…

会津藩駐屯地跡(伏見御堂)@龍馬をゆく2020

慶応四年の鳥羽伏見の戦いの際、会津藩が宿陣とした場所だそうです。説明書きによると、戦闘の際、本堂の畳を盾に鉄砲の打ち合いがあったとも言われ、建物は大きな損害が出たそうです。

魚三楼「鳥羽伏見の戦いの弾痕」@龍馬をゆく2020

伏見の「魚三楼」を訪れました。ここも2006年以来です。 こちらの料理店さんには、鳥羽伏見の際の弾痕が残るとして有名です ちゃんと説明書きもあるのですが、これも2006年当時から変わっていませんね!なんだか嬉しく思う私は変でしょうか・・笑 弾が引きずっ…

桂小五郎像@龍馬をゆく2019

滋賀に引っ越すにあたり、滋賀ってどう行けば辿り着くんだ・・?と思って調べたら、なんだ京都の隣県だったのか!?(と、いうのが外者の感覚?苦笑)という流れで、大阪空港から京都→滋賀に至る道中、ついつい京都に興奮してしまって幕末巡ってしまった記録で…

「龍馬と勝海舟をめぐる人々」(霊山歴史館)@龍馬をゆく2020

今日は霊山歴史館に行ってきました。2015年以来でしょうかね、もはや既に五年ぶりです・・。 あいにくの雨でしたが、東山は今日も外国人観光客でいっぱいです・・。その人ごみを分け行って、霊山へ 「霊山歴史館」に到着しました。私も「友の会」会員です(笑 し…

薩摩屋敷之址@龍馬をゆく2019

大丸にお買いものの際、かつての薩摩藩邸跡の石碑を発見しました。私たち「幕末人」は御所の向こう、文久の薩摩藩邸、現同志社大学の敷地を思い浮かべますが、それより以前から置いていた薩摩屋敷の跡ですね。「薩摩屋敷之址」碑。 東洞院通りと錦小路通りに…

【青蓮院門跡】ライトアップ@龍馬をゆく2019

私の幕末巡りのひとつの終着駅、とも言える?粟田口。登山で言えばひとつのキャンプ地とでも言いましょうか、とりあえず更なる山頂へのアタックに向けてテント張ってひと休み、的なちょっとした平地になりましょうか 2015年にここを訪れた時、とても感慨深い…

坂本龍馬、おりょう「結婚式場」跡@龍馬をゆく2019

2015年、「龍馬祭」に初めて来た時に訪れた場所です。今回、夜に再訪しました。 ここは元々、青蓮院門跡の旧境内だったということで、当時の敷地はとても広かったことがわかります。 夜はやはり雰囲気がありますね。今年は休みさえ合えば、20分あれば行ける…

「瓢亭」@龍馬をゆく2019

あまりにも有名な「龍馬暗殺」。こればかりは幕末に興味が無い方でも、「それは聞いたことがある話」なのではないでしょうか。 当「龍馬をゆく」でも、これまでも幾度か取り上げて来たテーマですが、今回はその事件現場「近江屋」の主人、近江屋新助が証言し…

嵯峨野「土佐四天王像」@龍馬をゆく2019

嵐山の天龍寺を訪れ、有名な竹林を抜け嵯峨野の「土佐四天王像」へ向かいました ありました!元々は河原町の土佐藩邸跡に設置されていたものだということですが、開発の兼ね合いで?こちらに移設されたようです。 私が熱心に四天王像を眺め、撮影していると…