うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

二条城@龍馬をゆく2020

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2006年以来、14年ぶりに二条城内を見学しました。2006年のログを見るに、この同じ場所で同じアングルで写真を撮っているんですね・・。人間の行動パターンというものは、自ずと決まっていることを実感いたします・・・苦笑 しかし、門が当時より綺麗になっちょる!

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前回は「龍馬をゆく」旅を始めてから二年目のことで、無論京都も初めて(修学旅行以外)、二日間の旅程で「龍馬」と「新撰組」を巡った為、そうそう時間的余裕はありませんでした

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しかし2020現在は滋賀在住にて、JRで約20分で京都です。うめじろう的には、有り難過ぎる環境です!自然、一カ所をじっくりと、ゆっくりと、気の向くがままに堪能させていただけます。二条城の周辺は、幾度も歩いて回っているのですが、中を見学することは2006年以来ありませんでした。なにせ人ごみが超絶苦手な私ですので・・、超観光スポットの二条城は避ける気持ちが大きくなってしまうのですね・・。

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ご周知、二条城と言えば「徳川時代」の城。まさに江戸時代、徳川政権のはじまりと終わりを見届けた城、とも言えるのではないでしょうか。我々「幕末人」にとっては本丸な城。大政奉還の舞台となった場所であり、数々の幕末VIPとの所縁がある城ですね

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今回は、お堀など外周もぐるりとゆっくり見学させていただけたのですが、二の丸御殿のイメージがあまりにも大きく、こうした景観のイメージが少なかったので、改めてその美しさを知った気がします。大坂城はお堀のその物理的なデカさに驚愕しましたが、二条城は端正な美しさを感じますね

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南門へ通じる戸の様子が凄くて・・・。重要文化財の唐門の所は観光客でごった返していますが、ちょっとその先の南門の所には誰一人いませんよ

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その「唐門」。実はこの日は、2020年1月にて、いわゆる「コロナ前」です。まだまだ外国人観光客が大挙していらっしゃり、この門前でも記念撮影する方々でごった返していました。

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2013年の修復ということで、豪華絢爛、鮮やかで荘厳な様相を誇っていました

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そして国宝、二の丸御殿です。ここはもう、訪れた人10人が10人、写真を撮る場所ですね・・笑 あまりにも有名な二の丸御殿の玄関、「車寄せ」。

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こちらの雰囲気は、14年前と変わらなく感じました。早速中を見学いたします。
遠侍三の間、二の間、一の間と左奥にジグザグに進んで行くんですよね、まずは出ました!遠侍に入って眼に飛び込んでくる虎!襖に描かれた虎は、来訪者に徳川の威厳を示すべく、なんとも言えない空気感を醸し出しています・・。当時の日本の家屋における特徴のひとつに、その「暗さ」というものがあると私は思っているのですが、そうした暗さに絶妙に浮かび上がるような虎が、今にも飛びかかってくるが如く描かれていますよね・・・。徳川の城に来た、という緊張感だけでちびりそうなものですけど・・、それにもましてこの虎に睨まれて待つとは・・・、容赦ないですね・・・苦笑

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「遠侍」から「式台」「大広間」「蘇鉄の間」「黒書院」「白書院」へとジグザグに進んでゆきます。世が世なら、私のような底辺の人間が歩けるような場所ではありません・・、そう考えると鳥肌モンです・・笑

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天井にもびっしりと、豪華絢爛な絵があしらわれ、その威厳を容赦なく見せ付けられる思いです。そして、当初「うぐいす張り」を知らずに、ああ・・歴史的建造物、廊下のあちこちが痛んでキュ、キュ、音を立てているな・・、などと思っていたものです・・・苦笑
最近はおかげさまで、あちらこちらの寺社を見学させていただいておりますが、他にもうぐいす張りが施されている寺などもありますね、ある意味、二条城特有なイメージがあったのですが、他にもあるんだなと感慨深いです

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そして幕末のハイライト、「大政奉還」です。
この場面も、幕末人の中ではよく出てくる話題ですが、大広間一の間・二の間で大政奉還が繰り広げられた様子が再現されていますが、実際はその通りではない、という件です。
一の間・二の間で、人形による大政奉還の様子が再現された展示、上座に座るのはもちろん、慶喜です。しかし、実際に慶喜が直に大政奉還の意思を伝えたのは「黒書院」にて、在京の松平容保らに「大政奉還するからね」という事を事前に伝えたワケですね。で、その翌日に10万石以上の諸藩の重臣を「二の間」に集め、老中板倉勝静大政奉還の旨伝えたんですね。そして、「意見のある者だけ残れ」として、後藤象二郎小松帯刀ら数名が残り、そこに将軍慶喜が登場したと思われます。整理しますと、
慶応3年10月11日、10万石以上の在京大名に、13日正午に二条城へ出頭するようにと登城を命じる
10月12日、慶喜自ら、松平容保松平定敬重臣に、黒書院で大政奉還する旨伝えた
10月13日、二の間に集められた大名らに、老中板倉勝静大政奉還の旨伝えた
10月14日、将軍慶喜、政権奉還を奏上
と、いうことになります

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よく教科書などに出てくる大政奉還の絵図で、襖の模様が桜のやつがありますが、あれは「黒書院」の図ですね。つまり、慶喜が、前日に在京の近しい重臣にだけ自ら直に伝えている様子を描いたものです。
一方の人形が置いてある大広間の襖は「松」です。ここに集められた在京の大名50名に大政奉還を伝えたのは老中板倉勝静。あの人形の展示を正しくするには、慶喜ではなく板倉を座らせなければいけない、という事になります
ちなみに、「竜馬がゆく」の物語中においても、「会場は、城内大広間の二ノ間である。」「幕府の首席老中の板倉勝静があらわれ沈痛な表情で着座した。」「慶喜は、出無い。」とばっちり書かれています。

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ご興味の無い方には、そんなことどうでもいいじゃん、とお思いになるかもしれませんが・・、「幕末人」にとってはそこ、重要な点ですので・・笑、そこを踏まえた上で、大広間、そして黒書院を見学しないと楽しみ方が半減してしまうようなものなのです・・。妄想力に陰りが出てしまうワケです・・。無論、2006年当時の私は、そんなこと知りませんでした・・・苦笑

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まさにこの場所で、世の中がひっくり返る事が起こっていた、と考えると改めて鳥肌モンです・・・。今回は、ある意味で「地元」に居を構えている為、時間的にも気分的にもゆっくりと二条城を堪能させていただけました!

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しかし・・・、庭園とか、京都はどこに行ってももの凄いですね・・・。まあしかし、こうしたものも、どちらかと言えば大人なコンテンツと言いましょうか、誰の心にも美しく映るとは言え、やはり若者には少々退屈?なものなのかもしれませんね・・。私的には、幕末ビッグネーム達が同じものを観ていた、と思う所に鳥肌立てて萌えるところです・・!笑

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さて、2020年1月に二条城を訪れてから、もうじき一年という時間が経過してしまいました・・・。このログを、なんとか2020のアーカイブに入れる事が出来てホッとしています・・笑
今年はおかげ様で、春から夏に掛けては新型ウイルスで吹っ飛びましたが、その後はたくさん京都を巡れて有り難い限りでした。
年末年始は新撰組を特集していこうかと、考えております。ご興味のある方は、ぜひご覧いただけたら幸いです。

 

二条城@京都2020.1