さすがは要人の墓、葵御紋の付いた柵に囲まれており、一般自由に入ることは出来ません
ゴールドに輝く「徳川慶喜墓」の説明板も設置されていました
独特なカタチの墓石が並んでいます。我々はよく知る世間一般の墓石とはまったく異なる形です
「徳川慶喜墓」。大坂城から逃げ出した、とか、「二心殿」とかなにかと言われがちな慶喜公ですが、まあざっくりと、いわゆる薩長史観が醸成したイメージと言ってよいのでしょう、表に立って徳川幕府を終わらせた大偉人に相違無く、日本史上幕末における巨人です。大政奉還の報を聴いた龍馬は「大樹公、よくぞ断じ給へたものよ」と男泣きに泣いた、と言われていますがここは真実であって欲しいですね、マジメな龍馬ファンとして。