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【佐久間象山墓】|妙心寺|大法院|@龍馬をゆく2021

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妙心寺を訪れました。なんとも広大な敷地・・・。境内がひとつのタウン化しているようで・・・圧倒されます・・・。まさに巨大寺町・・。

各地に、「昔はここまで全てが寺の敷地だった」という場所がありますが、なるほど、当時の寺の広大な敷地というものは、このようなものだったのか、と納得させられる気がしますね・・。

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その広大な敷地の中に、いくつもの寺院があり、その中のひとつの「大法院」に向かいました。今日は、佐久間象山先生の墓マイラー。ここには初めて訪れました。

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「象山佐久間先生墓道」をゆくと、大法院が見えてきました。

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こちらの墓地に、幕末の洋学者、佐久間象山の墓があります。

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ありました。

「象山佐久間先生墓」。

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龍馬も象山塾で砲術を学んだことなどが有名ですが、象山はそのエヘンプイな性格から?敵も多かったようです・・。「俺は国の財産だ」などと言っていたという逸話もあり、西洋かぶれの自信家に、攘夷志士達が敵視していたことが容易に想像出来ます。

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元治元年(1864)七月十一日、白昼、攘夷派によってメッタ刺しにされて暗殺されてしまいます

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墓石に刻まれた、元治元年七月十一日。

合掌ー。

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ところで、ご住職が生前、九重親方と懇意にされていたそうで、千代の富士の慰霊碑がありびっくりしました・・!

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いや、私も少年時代のスーパースター力士と言えば千代の富士関でしたし、大ファンでしてね、また函館にも数年間暮らしておりましたもので・・・などと、ご住職にしてみればコイツ何言ってんだ・・という事を言ってしまいまして・・、ちょっと興奮してしまいました・・。

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