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松平容保公寄宿の地|松林院旧跡|清浄華院|@龍馬をゆく2021

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御所の東にある、「清浄華院」。

ここの境内にある「松林院旧跡」

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ここは幕末、京都守護職であった会津藩主・松平容保公逗留の地でもあります。

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会津藩主 京都守護職 松平容保公寄宿の地」碑。

ご周知、京都守護職は「くろ谷さん」こと、金戒光明寺に本陣を構えていましたが、緊迫する状況下において御所を警備するには、なるべく近い方が良いとの考えもあったのでしょう、御所のすぐ脇の寺院に、寄宿していたようです。

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松林院は、伏見天皇皇孫清浄華院第八世敬法上人が正親町室町の昭慶門院御所の敷地を賜り、法然上人の遺跡である白川禅房松林坊を移して創建されたと伝える由緒ある寺院である。清浄華院の筆頭塔頭として皇室や公家の帰依を受け、勅願別院とも称された。

幕末には御所警備を担当した会津藩文久三年末から寄宿し、藩主で京都守護職松平容保公も池田屋事件の寸前まで半年ほどここに逗留した。会津藩の寄宿は慶応三年まで続き、寄宿者の中には後に京都府顧問として活躍する山本覚馬も居たとされる。

会津藩預かりであった新撰組隊士も容保公に召されて度々ここを訪れたとみられる。

 

 

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このように、びっしりと書かれた碑も珍しいですね・・・。

@京都2021