うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

明保野亭跡@龍馬をゆく2020

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竜馬がゆく」でお馴染みのスポット、「明保野亭」。三寧坂の超絶観光スポットに、現在の明保野亭があります。物語の中で、龍馬がお田鶴様と密会する舞台ですね。最初に「竜馬がゆく」を読んだ頃の私は、お田鶴様も実在する人物だと思っていました・・。お田鶴様のみならず、寝待ノ藤兵衛も、本当に龍馬と連れ立って旅していた泥棒だと思っておりました・・笑 後になってそれが創作である事を知って驚いたのですが、創作と史実の境界線がシームレスに書かれている所が、「竜馬がゆく」の魅力のひとつかな、と思いますね

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龍馬・幕末ファンを引き付ける大きな看板が店先に展開されています

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9月に訪れた際は、明保野亭も閉まっていて、えっ・・まさか・・、もしや・・・?と焦ったのですが、近隣のお店の方にお尋ねしたところ、昨今のコレで・・、間引き営業のような形態を取られているらしく、「今日は閉まってる」だけだったようです。
写真は9月のものですが、11月の中旬にはもはや密密!!観光客でごった返しておりました・・・。そう考えると、良い悪いは別として、ある意味貴重な期間だったと言えるのかも知れませんね・・・。

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さて、もう少し坂を下って、当時の明保野亭跡です。
この絵図ら、2006年に訪れた際にも同じく写真に収めており、14年ぶりに懐かしく感じました。

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「青龍苑」と名付けられた所以は、京都の東を司る四神の「青龍」に因んで名付けられたそうです。現在の「京都阪口」の運営だったと思います

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この青龍苑の庭園を改修した時に、「あけぼの」と書かれた徳利が見つかっているそうです。なるほど、ここが幕末当時の「明保野亭」だったことが裏付けられた訳ですね。

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さて、それでは史実の方の明保野亭。このログは「龍馬をゆく」カテゴリーに収めておりますが、本来は「新撰組」カテゴリーに分類する方が良いのかもしれません・・。最初に「龍馬をゆく」に収めましたので、その流れで再び「龍馬」に入れております・・。

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「元治元年九月某日のこと」と、新撰組二番隊組長・永倉新八が「新撰組顛末記」に記するところによると、

東山の「明保野」という料理茶屋に長州人二・三名潜伏しているとの密告に接し
新撰組から原田左之助井上源三郎沖田総司らに新入りの会津藩士や隊員ら二十名を付して召し捕りにむかった

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「明保野」の表も裏もかためておいて屋敷にさがしをやると、それとおぼしき影だにない
一同いがいの顔を見合すおりしも、ひとりの侍がもの陰から飛び出し塀を乗り越えて逃げようとする
それとみて追いかけたのは会津藩から来た柴司、「なに者だッ、名のれ」と声をかけたが答えがない
問えども答えがないのでたしかに長州人とみこみ、雷光のごとく槍をくりだして侍の横腹を突き刺した
侍ははじめて声をかけ、「ヤァヤァ人ちがいをして後悔あるな、身どもは土州の林(麻)田時太郎ともうす者なるぞ」
名のられて司はおおいにおどろき、「これはいがい千万、なにゆえあって逃げ隠れなどなされしや。こちらは長州人とこころえて突きかかりしものでござる」

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会津藩の柴司が長州人と間違って、土佐藩士の麻田時太郎を槍で刺してしまったんですね・・。これにより、会津の柴司は実兄の介錯にて切腹。一方の、土佐の麻田時太郎も柴に突かれながらも逃げ帰ったとして、「士道にそむく」として切腹しました・・。永倉翁曰く、

かくして両人の死は会津と土州藩の感情を融和してことなきをえたが、なかにも会津肥後守は司の死を追惜し兄の秀司に百石の加増を賜った。近藤以下永倉らも柴司の死をもって士道の花と語り伝えたのであった

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ちなみに、この時に切腹した会津藩の柴司は、「くろ谷さん」会津墓地に眠っているらしく、次回訪問時にお墓が分かったら、墓マイラーとして手を合わせたいと思っております。墓マイラー記事に関しては、特に東京編で数多く回りましたが、これはもはやご興味のある方はほとんどいない事でありましょう・・・笑

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と、いうわけで、今回は明保野亭にまつわる新撰組のエピソードを見てきました。「竜馬がゆく」に登場する重要スポットの為、「龍馬をゆく」カテゴリーに取り入れましたが、龍馬と新撰組はまったく時を同じくしているので、時としてどちらに分類すべきか判断の迷う事が多々あります・・笑

明保野亭跡地は観光スポットのど頂点のひとつでもありますので、新撰組等に少しご興味のある方は、そんな逸話をぼんやり思いながら、散策されてみてはいかがでしょうか

 

「明保野亭跡」@京都2020.9