うめじろうのええじゃないか!

貧困中年のサバイバル日記

龍馬をゆく~東京

西郷糸子墓@龍馬をゆく2016

青山霊園の西郷糸子の墓。西郷どんの奥さんと言えば、薩摩の西郷邸に龍馬が泊まった際「雨漏りの話」でちょっとした夫婦喧嘩をするようなシーンが思い出されますが、天下国家に生きる男と違い目下大事なのは今住む家の雨漏りの方だ、といったリアルな女性像…

黒田清隆墓@龍馬をゆく2016

青山霊園の黒田清隆の墓。黒田清隆と言えば北海道とゆかりの深い人物ですが、これまた様々な激烈な逸話も残っている方のようで、酒を飲まなきゃめっちゃいい人、なんていう人物評を聞いたこともあります・・。

吉井友実(幸輔)墓@龍馬をゆく2016

青山霊園の吉井幸輔墓。吉井幸輔と言えば物語の中で京都近江屋をねじろとしている龍馬に「危険だから藩邸に来い」と忠告をするシーンが私には印象的ですが、寺田屋で負傷し命からがら薩摩藩邸に匿われ後に京都の薩摩藩邸に移送っされる際に護衛役もした人で…

平井(西山)加尾墓@龍馬をゆく2016

ご周知、土佐勤王党の平井収二郎の妹加尾の墓です。平井加尾と言えば龍馬の初恋の人と言われていますが実際のところはどうだったのでしょう?そして「竜馬がゆく」ではお田鶴様のモデルが加尾だと言われています。無論、私も当初「竜馬がゆく」を読んだ頃は…

後藤象二郎墓@龍馬をゆく2016

青山霊園の後藤象二郎の墓。 土佐にあっては上士と郷士の対立軸にあった龍馬と後藤ですが、長崎での会見以降、大政奉還に絡み龍馬とは切っても切れない関係にありました。一般的な墓石のイメージと違い斬新なフォルム?な様相のお墓です。

白峰駿馬墓@龍馬をゆく2016

冬の青山霊園にやって来ました。そうです、墓マイラーです(苦笑)・・。だいたい「マイラー」になるともう後戻り出来ない深みにハマってる、という事だと思います・・。 「白峰駿馬墓」。青山霊園も奥の方と言いましょうか、青山公園、外苑前側の一角にありまし…

日本橋@龍馬をゆく2015

「江戸東京博物館」にもその一部が実物大として復元展示されている交通の起点、「日本橋」 龍馬が云々というエピソードは聞きませんが、江戸住みの経験のある龍馬もここを訪れたんでしょうね コンクリの道が蛇のように縦横無尽に入り組む現在の日本橋はまっ…

西郷隆盛像@龍馬をゆく2015

有名な上野の西郷さんの銅像。 ここの銅像はきれいですね。鹿児島の西郷どんはどこかロボット的で見ていると肩がこる気がしてしまいましたが、着流しで犬を連れる西郷どんはどこか颯爽とした風です。 たしか奥さんが「うちの人はこげんな人ではなか」とこの…

「勝海舟立像」@龍馬をゆく2015

浅草です。雷門を通り吾妻橋へ。昨今の東京新名所であるスカイツリーと、有名な「アレ」が見えます。 「アレ」の終わりの部分・・、しっぽの部分と言えばよろしいでしょうか・・・・苦笑。 勝海舟立像の案内板がありました。幕末ファンに親切な看板です。 見えて来…

越前福井藩上屋敷跡@龍馬をゆく2015

2014年は福井を訪れましたが、福井藩と龍馬の関係も深いものがあると思います。その江戸の上屋敷跡地付近を散策しました。 龍馬は近藤長次郎らとこの江戸の越前松平守の上屋敷を訪れているようです。現在の東京国際郵便局やNTTのビルが立ち並ぶ広大な土地…

伝馬町牢屋敷跡@龍馬をゆく2014

小伝馬町の十思公園にやって来ました。幕末の安政の大獄では吉田松陰や橋本左内らが投獄された牢屋敷として有名ですね。 私が訪れた時は十思公園の改装工事中で、・・・幕末巡りでこのパターン、私結構多いんですよね・・・。付近には「牢屋敷跡から発見された石垣…

芝公園「ペルリ提督の像」@龍馬をゆく2014

増上寺といえば徳川家の菩提寺として有名ですが、今回はスルーしました・・。じっくり訪れたいポイントに他なりません。 日比谷通りを挟んだ緑地に「ペルリ提督の像」がありました。 ペルリ提督もあちこちに銅像があったと思いますが、都心のペルリさんは実に…

薩摩藩邸上屋敷跡@龍馬をゆく2014

三田にあるNEC本社ビルの北側の植え込みに碑がありました。このビルは大きさ、形がひときわ目立ちますのですぐわかるのですが、碑の場所はビルの周囲をぐるぐる探し周りました・・。薩摩藩上屋敷はNEC本社ビルの上にあったわけではなく、北側の植え込み…

江戸開城「西郷南州・勝海舟会見之地」@龍馬をゆく2014

慶応4年(1868)3月13日、西郷隆盛、勝海舟が江戸開城の会議を行なう。江戸総攻撃目前のぎりぎりの交渉、緊張感が走ります。 碑の下にはレリーフがあり、これは有名な絵ですね。 田町駅を降りて三田口を右手に歩いた三菱自動車本社のビルの前です。

「西郷南州・勝海舟会見の図」@龍馬をゆく2014

JR田町駅三田口にある「西郷南州・勝海舟会見の図」。 これは非常に緊迫した雰囲気が表現されていて、とても見応えのあるものです。 いわゆる「江戸無血開城」の交渉を描いたものですが、個人的にお気に入りの「図」です。エスカレーターの入口壁面に設置…

玄武館道場跡@龍馬をゆく2014

神田お玉ヶ池の「玄武館」と言えば当時、神道無念流の練兵館、鏡心明智流の造士館と並び「江戸三大道場」と呼ばれていました。「技の千葉(北辰一刀流)、力の斎藤(無念流)、位の桃井(明智流)と評されていたと言われています。 龍馬が通った桶町「小千葉…

鍛冶橋、千葉定吉道場跡地付近@龍馬をゆく2014

「鍛冶橋」という地名に今までは何とも思うこともありませんでしたが、幕末・龍馬にハマってからはなんだか特別な場所のように感じてしまって不思議です・・。 江戸時代に既に100万人都市だったというのがもう驚きですね・・、人口密度が高くてごちゃごちゃして…

浜川砲台跡@龍馬をゆく2010

「龍馬」ののぼりがたくさん立つ商店街を海の方へ歩いて浜川砲台跡地へ向かいます。 「立会川」は古地図をみると「立會川」と書かれていて會津と重なって幕末魂を萌えさせられますが、かつて刑場がありここまで立ち会った(見送った?)のが名前の由来と言わ…

立会川の「龍馬像」@龍馬をゆく2010

北浜川児童公園に「龍馬像」がありました。 2004年に高知県から寄贈されたものらしく、例によって立脚肩肘懐手バージョンですね。 それにしても全国各地にある龍馬像、その人気の高さがここからもうかがい知れますね。

土佐藩品川下屋敷跡付近@龍馬をゆく2010

京急「立会川駅」には「ようこそ坂本龍馬ゆかりの地立会川へ」の表示がありました。 時は2010年、大河パワーが吹き荒れていました。 これも行きたかったんですがね~・・・・!龍馬のガラス写真が目玉の催しだったと思うのですが、この記事を書いている関東在住の…

「桜田門」@龍馬をゆく2010

「桜田門」にやってきました。 ご周知、幕末史上最も大きな事件のひとつ、「桜田門外の変」の現場です。 この事件は水戸の烈公、斉昭VS井伊直弼、南紀派×一橋派の様相のように思えますが、もっと踏み込んでいくと幕末維新そのものの「震源」が水戸にあるよ…

土佐藩上屋敷跡地@龍馬をゆく2010

土佐藩上屋敷跡地は現在の東京国際フォーラム付近といわれています。ライブ等の催しに訪れた方も多いのではないでしょうか。 その東京国際フォーラムのエントランス?に銅像があります。徳川家康による江戸幕府開幕から遡ること約150年、1456年に江戸城を初…

お龍の墓@龍馬をゆく2005

京浜急行「けいきゅうおおつ」駅を下車すると、看板に「坂本龍子の墓」とありました。 京急大津駅から路地を歩き信楽寺へ向かいます。 ご周知の通りお龍さんは龍馬亡きあと土佐の坂本家に身を寄せますが、長続きせず東京へ流転します。紆余曲折の末大道商人…