うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

#日本史

寺田屋お登勢実家升屋跡@龍馬をゆく2019

滋賀県大津市、丸屋町のアーケード街に 「寺田屋」お登勢さんの実家跡がありました。これまで、近江の人とか、大津の人とか聴いても全然ピンときていませんでしたが、恥ずかしながら近江に暮らして初めて実感いたします・・。お登勢さん、大津の人だったのか!…

伊東甲子太郎外数名殉難之地@京都2019

実に・・。13年ぶりの油小路です。2006年当時は、まさか13年後に京滋に転居しているなんて、まったく考えられませんでした・・・。 慶応三年十一月と言えば、そう、十五日の坂本龍馬の誕生日と「暗殺日」。新撰組が狙っているから気をつけろ、と龍馬に忠告に行っ…

「佐女牛井之跡」@龍馬をゆく2019

京都堀川通り。大変大きな通りですが、御池から南側は暗渠になっているそうで、暗渠と聞くとブラタモファンとしては俄然、興味が湧いてきます。笑 その堀川通り沿いを北上すると、西本願寺、聞法開館、東急ホテルがありますが、参詣者専用駐車場に「佐女牛井…

西本願寺(太鼓楼)@京都2019

西本願寺です。人生とは不思議なものです。初めてここを訪れた2006年、私の「幕末」は、「龍馬」と「新撰組」しかありませんでした・・苦笑 そして、念願だった「龍馬祭」に訪れた2015年。秋の京都、西本願寺は金色の輝く紅葉が、とても印象的でした そして、2…

古高俊太郎顕彰碑@龍馬をゆく2019

滋賀県は守山市に「古高町」という土地がありまして、古高氏はこの辺りの名士なんですね。先日ご紹介した「古高俊太郎先生誕生地碑」から「西へ一町」 福寿院というお寺さんがありました。そこに隣接して、 立派な顕彰碑が建てられていました 「古高俊太郎顕…

「古高俊太郎先生誕生地碑」@龍馬をゆく2019

滋賀住みになってまず、驚愕したのが、ご近所にあった「古高俊太郎先生誕生地」碑。ご周知、勤皇の志士、古高俊太郎である。 「桝屋喜右衛門」として道具屋を営み京に潜伏し、長州のクーデター計画を企んでいたが、ある日新撰組に捕縛されてしまう。新撰組の…

本居宣長宅跡@松阪2019

松坂城内にある「本居宣長記念館」を後にし、町中に戻ってきました 訪れたのは、「本居宣長宅跡」。 ここに、かつて本居宣長先生が暮らしていたのですね。 その旧宅「鈴屋」は、松坂城内に移築されて展示されています。これにて今回の伊勢・松阪の旅は終了。…

大阪歴史博物館リターンズ@大阪2019

帰ってきたぜよ!大阪歴史博物館へ! 去年の大阪幕末巡りの際、休館日に当たり退陣した私・・・。関西に移住するにあたって、部屋探しに訪れた空き時間を利用して、再び「大阪歴史博物館」へリベンジです。 ビルの上階から歴史と共に下っての見学ルートがまた…

本居宣長旧宅鈴屋@松阪2019

松坂城内に移築され展示されている、本居宣長の旧宅「鈴屋」を訪れました 本居宣長とは、江戸時代の国学者。古事記の研究などに取り組み、古事記の注釈書とされる「古事記伝」等を著したことで知られます つい二か月前まで秋田に暮らしていた私は、秋田の国…

「御城番屋敷」@松阪2019

松坂城から俯瞰で見えた景色に、「御城番屋敷」がありました。城下へ行ってみると おお・・、これは江戸期な景観です・・。石垣の道と、生垣が美しく整備されています 現存する武家屋敷の中でも最大級なものだそうで、松坂城を警護する「松阪御城番」という武士…

松坂城@松阪2019

松浦武四郎生誕地を訪ねた折、松坂城を訪れました。ところで、松「阪」市と、松「坂」城、表記が異なるのが不思議ですよね。元々この名は、天正期に蒲生氏郷が新城を築城した際に、吉祥の文字である「松」に秀吉の居城である大坂城から「坂」の字を拝領して…

松浦武四郎誕生地@松阪2019

旧伊勢街道。由緒正しきおっさんの愉しみ、司馬遼太郎の「街道をゆく」ですね。この道幅、道民目線ではどこもかしこも非常に狭い・・、そして独特の曲がりくねり、醸し出す雰囲気があったら、そこは旧街道という場合が多いですね。 この旧伊勢街道沿いに、北海…

「松浦武四郎記念館」@松阪2019

2019年、この夏、北海道150年記念ドラマ「永遠のニシパ~北海道と名付けた男 松浦武四郎」がNHKで放送されます。主演は松潤、そして語りはなんと、中島みゆき!という、私的には興奮隠せぬ必見ドラマなのであります!全国放送は7月15日なのですが、北海道は…

「玉鉾神社」@龍馬をゆく2019

「2019龍馬をゆく」は名古屋を訪れました。ここに来るだけの、今回の「龍馬をゆく」。空港から電車を乗り継ぎ、名鉄河和線「知多武豊駅」に着きました 駅から15分程度?歩くと「玉鉾神社」がありました こちらの神社には、幕末の天皇「孝明天皇」が祀られて…

「神宮」@2019

ついにやって来ました。神宮へ。 幕末ファンの私の興味がどんどん拡張し続け、昨今では古代史まで広がってきた感じですが・・、いわゆる神話?の世界といったものも、これまでの御伽話チックな先入観から、天皇史的な側面を後世に伝えんとするものなのか?と…

歌川広重「二つの東海道五十三次」@秋田2019

部屋を引き払い、宿無しになったこの日、エリアなかいちでブラついていると・・、おっ・・!?秋田県立美術館で「歌川広重展」が催されているではないか・・! おおっ・・これは、各地をツアーしている「二つの東海道五十三次」展じゃないかえ!?これはグッドタイミ…

「蚶満寺」@秋田2018

由緒正しきおっさんの在り方、「司馬遼太郎を歩く」です。笑 今回は秋田県はにかほ市、象潟は「蚶満寺」です。司馬遼太郎先生の「街道をゆく 秋田県散歩」を歩く、私にとっては贅沢なひとときなのです。 秋田空港に着いた司馬先生は、市内に向かわずタクシー…

青葉城の政宗像@仙台2018

初めて仙台を訪れた2018秋。テレビ等でよく眼にする青葉城からの景観、ようやく本物を見る事ができました。緑と都市のコントラストが綺麗ですねえ~。イメージ通りの景観でした。 久々に眼にする高層ビル群(笑)高台から高いものを見下ろす不思議な感覚を受…

「中尊寺」@平泉2018

あー、ここはブラタモリで観た気がする・・、景観ですねー。 ようやく、2018年訪れることが出来た平泉の中尊寺。大きな観光スポットらしく、人出も多いですね 金色堂のある所へ向かって、坂道をずうっと登り歩いてゆくんですね。こうした寺社にはえてして年寄…

林子平@仙台2018

2018年、仙台市博物館敷地にて、林子平のプレートを見つけました 「寛政の三奇人」、高山彦九郎、蒲生君平、そして林子平ですね。私の林子平認識は、高田屋嘉兵衛繋がりで、「三国通覧図」「海国兵談」の人、という人物ですが、そうか!仙台藩士として活躍し…

「支倉常長メモリアルパーク」@仙台2018

「慶長遣欧使節」の支倉常長。その菩提寺、「光明寺」に常長の墓がある、のが定説ですが、その他にも川崎町支倉地区の円福寺、大郷町西光寺にも墓があるとされています。 そしてこちらはその大郷町にある「支倉常長メモリアルパーク」です 整然と整備された…

支倉常長の墓@仙台2018

仙台藩「慶長遣欧使節」として、国内で初めての西洋帆船「サン・ファン・バウティスタ号」にて、欧州に派遣された支倉常長ら一行。しかしながら、通商交渉は不調に終わり、常長は7年越しに帰国しました。 それから二年後、常長は失意のうちに死去した、と言…

支倉常長「慶長遣欧使節」@仙台2018

ご周知、仙台藩主・伊達政宗。慶長18年(1613)に「慶長遣欧使節」を派遣しました。 私の乏しい戦国認識では、それより遡ること50~60年前、いわゆる信長の時代、イエズスが日本に入って来た宗教戦争の時代、というイメージなのですが、慶長に入って徳川の時…

「古代アンデス文明展」@仙台2018

仙台市博物館で開催されていた、「古代アンデス文明展」の記録です@2018仙台 もちろん、私の目的はコレではなく、「支倉常長の絵」を見に行ったんですけれども、こういう魅力的な催しが開催されていたので、当然見学してきました。 アンデス文明って、南米…

真田幸村「出丸城跡」(心眼寺)@大阪2018

2018年大坂の街歩き。桂早之助・渡辺吉太郎墓所を訪れる為に心眼寺に向かう途中・・ ん・・!?ここ、どこかで見たような・・ そうだ!デジャブったその感覚はテレビで観た「ブラタモリ」。真田丸の回の風景でした! なるほど~!ここら辺りにかの「真田丸」出城が…

桂早之助・渡辺吉太郎墓(心眼寺)@龍馬をゆく2018

いよいよ2018「龍馬をゆく」大坂編もクライマックスです。今回もヘロヘロになりながら、辿り着いたのは「心眼寺」。 「真田丸」で有名な心眼寺ですが、私の主目的はもちろん「幕末」です。 本堂のすぐ前に鎮座するふたつの墓石。 「桂早之助」「渡辺吉太郎」…

稱念寺(伊達家陸奥家墓跡)@龍馬をゆく2018

いよいよ2018年「龍馬をゆく」大坂編も大詰めとなって参りました。夕陽ヶ丘は「稱念寺」。ここは伊達宗広、陸奥宗光親子の墓所跡となっています。どうもこの、「夕陽丘」(夕日岡)とは宗光の父、伊達宗広が命名したらしいではありませんか。 龍馬ファンの我…

「燃えよ剣」口縄坂@大阪2018

萬福寺から更に南へ歩いた所に、「口縄坂」がありました 道の起伏がくちなわ(蛇)に似ていることから、付けられた名前だというこの坂 司馬遼太郎「燃えよ剣」ファンにとっては、印象的なシーンのひとつです 慶応4年(1868)、鳥羽伏見の戦いに敗れて大坂に…

萬福寺@大阪2018

「萬福寺」に着きました おおっ・・、真新しい碑がしっかり建っています。「新撰組大坂旅宿跡」。 慶応元年(1865)、将軍家茂の上洛に備えて大坂の警備の為、新撰組はここ「萬福寺」に屯営しました。 新撰組は、谷三十郎以下20名ほどが、本堂で寝起きしていた…

齢延寺と源聖寺坂@龍馬をゆく2018

齢延寺に着きました。このお寺には、武市瑞山の義弟、妻富子の弟、島村寿太郎が埋葬されていると聞きました。 さらには土佐藩郷士、安岡恒之進の墓もあるといいます。安岡恒之進は安岡嘉助の従兄弟にあたり、安岡嘉助と言えば、那須信吾・大石団蔵と共に、幕…