うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

#日本史

「燃えよ剣」口縄坂@大阪2018

萬福寺から更に南へ歩いた所に、「口縄坂」がありました 道の起伏がくちなわ(蛇)に似ていることから、付けられた名前だというこの坂 司馬遼太郎「燃えよ剣」ファンにとっては、印象的なシーンのひとつです 慶応4年(1868)、鳥羽伏見の戦いに敗れて大坂に…

萬福寺@大阪2018

「萬福寺」に着きました おおっ・・、真新しい碑がしっかり建っています。「新撰組大坂旅宿跡」。 慶応元年(1865)、将軍家茂の上洛に備えて大坂の警備の為、新撰組はここ「萬福寺」に屯営しました。 新撰組は、谷三十郎以下20名ほどが、本堂で寝起きしていた…

齢延寺と源聖寺坂@龍馬をゆく2018

齢延寺に着きました。このお寺には、武市瑞山の義弟、妻富子の弟、島村寿太郎が埋葬されていると聞きました。 さらには土佐藩郷士、安岡恒之進の墓もあるといいます。安岡恒之進は安岡嘉助の従兄弟にあたり、安岡嘉助と言えば、那須信吾・大石団蔵と共に、幕…

続「石田三成生存説」秋田2018

1月にUPした「石田三成生存説をゆく」ですが、先日、地元の方のご教示をいただく機会があり、どうらやコレのようです。 しかし、石田三成が生きていた!?という話は、そりゃないよ、苦笑 といった感じで、「石田三成の供養塔」がコレ、という回答でした。 …

水戸藩士自刃の碑@大阪2018

「勤皇烈士」と碑に刻まれています「島男也」。元笠間藩士の旧居跡のようです。そして、並んで建つ碑「川崎孫四郎自刃の所」とありますが、水戸藩士のようです。幕末水戸藩と言えば桜田門外の変。江戸城桜田門外で、井伊大老が水戸浪士と薩摩の有村次左衛門…

真言坂と井原西鶴の像@大阪2018

2018年大阪街歩き、もだいぶくたびれてきました・・苦笑 正直、もう足もくたくたで、そろそろ宿に帰ってベッドの上で横になりたい気分です・・。が、もう少し、行ってみたい場所があるのです・・・。 その道中。「真言坂」。石畳が綺麗に敷かれている坂ですね。 史…

正法寺(パークス宿泊地)@大阪2018

「正法寺」です。駐日英国大使、ハリー・パークスの宿泊地であった寺です。 道路を挟んで向こう側には、アーネスト・サトウの宿泊地「本覚寺」跡が。隣の部屋、に住んでいた感覚でしょうか。 パークスは大阪では慶喜に謁見し、慶喜の事を今まで会った日本人…

本覚寺跡界隈(アーネストサトウ宿泊地)@大阪2018

本覚寺跡の界隈です。アーネスト・サトウの宿泊地とのこと。その道路を挟んだ向かい側には、ハリー・パークスの宿泊地であった「正法寺」があることを考えると、なるほどですね。 そういえば、「本覚寺」と言えば横浜(神奈川)にもありましたよね・・、同じ寺…

大仙寺@大阪2018

谷町はその名の通り谷に沿っているのか、高低差がはっきりと分かる土地柄ですね。「地蔵坂」を上ると、「大仙寺」がありました。ちょっとお寺らしくない様相で、一般的なお寺と違い立ち入りにくいお寺でした・・。 こちらのお寺は「淀屋」の菩提寺でもあるよう…

法性寺(龍馬潜伏の寺)@龍馬をゆく2018

街歩きはまだまだ続きます。朝からずっと歩き通しにて、さすがに足腰もクタクタになって来ました・・。辿り着いたるは、「法性寺」。 お寺の門前に碑があります。「蘭医ボードウィン逗留の寺」。幕末時のオランダ人医師、ボードウィンの宿舎となっていたお寺だ…

土浦藩蔵屋敷跡@大阪2018

街歩き中、土浦藩蔵屋敷跡を見つけました。土浦藩主、土屋政直。貞亨元年(1648)大阪城代となり、この地に蔵屋敷を構えたそうです。前茨城県人なので(笑)

ぜんざい屋事件跡地(大利鼎吉遭難之地)@大阪2018

慶応元年(1865)1月8日、石蔵屋(ぜんざい屋)に土佐の浪士、大利鼎吉、田中光顕らが潜伏していました。大阪の市中に火を放ち、混乱をおこす計画を立て、あわよくば大坂城を乗っ取ろうと企んでいたそうです。 そこに踏み込んだのが新撰組!谷三十郎らが浪士…

天保山@龍馬をゆく2018

天保山にやってきました。ここも幕末の交通の要衝のひとつとなりましょうか、よく出てくる場所ですね。 我々、「龍馬」的にはやはりコレですね。龍馬とおりょうが、いわゆる日本初の新婚旅行、薩摩に出発した場所がここ、天保山の湊でした。こうしたモニュメ…

京屋忠兵衛跡@大阪2018

八軒家船着場跡にほど近く、当時船宿が並んでいたであろうこの界隈にチーズ屋さん?がありました。そしてこのお店の建物の脇に・・・ 「京屋忠兵衛跡」のプレートが!新撰組の幹部が定宿としていたようです。そして龍馬の妻おりょうが、売られた妹を取り返す為…

八軒家浜@大阪2018

現在の八軒家浜の様子です。幕末の頃とは大きく様変わりしたことでしょう。 京と大阪を結ぶ三十石船の船着場。「淀川のターミナル」には旅籠や問屋が並び、船着場は旅人や物流に携わる人々、客を呼び込む人々の喧騒に包まれていたそうです。 熊野三山への参…

八軒家船着場跡@龍馬をゆく2018

天満橋の近くにある老舗の昆布屋さん。こちらの店先に碑が建っていました 「八軒家船着場の跡」。江戸の頃、ここに八軒の船宿があったことから、そう呼ばれるようになったそうです。そうです、この船着場から幕末、淀川を上り伏見寺田屋まで龍馬も行き来して…

熊野街道の起点碑@大阪2018

大阪散策時に「熊野かいどう」と書かれた碑を見つけました ここから南下し、熊野参詣にゆく、京から熊野への参詣路の総称のようですね。紀伊路とも呼ばれるそうです。

大阪歴史博物館

オオサカジョーから望む、ひと際目立つビル。NHKと隣接する綺麗なビルが「大阪歴史博物館」だそうです。楽しそうだな、と楽しみにしていたものの・・・ この日は休館日・・・。。。私の歴史巡りによくあるやつです・・。 次回のお楽しみにとっておこう・・(と、…

大坂城@龍馬をゆく2018

デカイ・・・。率直なる感想です。初めて来ました、大坂城。 この大きな歴史のポイントでは、あまりにも多くの要素があり過ぎて、「うめじろうのええじゃないか!」的には何をアーカイブすればよいものか・・、ちょっとわかりません・・苦笑) と、いうことで(笑)…

土佐藩住吉陣屋跡地付近@龍馬をゆく2018

大都市大阪にも路面電車があるんだ・・、と驚きつつ、阪堺線と言うのでしょうか?に乗って住吉大社方面に向かいました 東粉浜で下車すると、そこはもはや完全なる路面電車通りな様相・・。中央区の大都市の様相とはまるで違う雰囲気ですね・・。さて、この界隈に当…

三文字屋跡@龍馬をゆく2018

住吉警察署前にやってきました。別に悪さをしたわけではありません・・苦笑 ここはかつて料停旅館「三文字屋」という有名な旅館があった場所、なのだそうです。文久2年(1862)長州から土佐へ戻る道中、龍馬は大阪入りし南朝ゆかりの地(阿倍野)を巡り、その…

「薩万」(海援隊大阪詰所)跡@龍馬をゆく2018

薩摩藩の大阪上屋敷にほど近い場所にあったとされる「薩万」。ご周知、海援隊の大阪詰所です。 ちょうど、このコンビニ辺りになりましょうか。幕末の商家「薩摩屋万吉」、通称「薩万」。 交差点から向こうに目をやれば、薩摩藩蔵屋敷跡(上屋敷跡)である現…

薩摩藩蔵屋敷跡@龍馬をゆく2018

土佐堀通りを歩きました。堀に川、史跡巡りを歩いていると、改めて当時の交通は「川」なんだな、と思わされますね。 見えて来ました。三井倉庫の建物。 やっぱり三井なんだな~・・・ その一角に建っていた碑。「薩摩藩蔵屋敷跡」。ここはいわゆる薩摩藩の上屋…

五代友厚邸跡@龍馬をゆく2018

靱公園にやってきました。難しい漢字ですね・・。 さて、この公園界隈が、かつて五代友厚の屋敷があった場所だということで、さすがは大阪商人達に請われた経済界の大人物、というイメージが湧きあがってくる規模ですね・・。

北御堂@龍馬をゆく2018

「北御堂」(西本願寺津村別院)にやって来ました。ここは、姉小路公知ですね。 文久3年(1863)4月に、勝海舟が姉小路公知に謁見。攘夷派の急先鋒の公卿として有名ですが、この後5月に、京都御所「猿ヶ辻」で暗殺されてしまいます。ちなみに、この「猿ヶ辻…

大和屋弥七邸跡(近藤長次郎妻邸)@龍馬をゆく2018

龍馬と幼馴染の「まんじゅうや」近藤長次郎。その奥さんの実家「大和屋弥七邸跡」。 現在は立派なビルが建っているんだなぁ、と思って見ると、あれ?「ニッケ」の会社なんですね。 ご周知、才溢れる近藤長次郎は努力を重ね、文久3年(1863)には名字帯刀を許…

勝海舟寓居跡(大阪海軍塾跡)@龍馬をゆく2018

この場所が当時「専稱寺」があった場所のようです。勝海舟の大阪での寓居先であり、大阪で私塾、海軍塾を開いた場所。龍馬もここを訪れていたことでしょう。 自販機の横に、ひっそりと建つ碑がありました。この場所では元治元年(1864)、勝海舟と西郷隆盛が…

月照生誕地の謎@龍馬をゆく2018

大阪の史跡を検索していると、「月照生誕地」とありました。示された場所に行ってみると、とあるマンションの前。通説では香川県善通寺市の出身ではなかったでしょうか・・? 月照はご周知、京都清水寺の住職。尊皇攘夷派で西郷隆盛と親交があり、錦江湾に入水…

加賀屋四郎兵衛邸跡付近@大阪2018

加賀屋もまた、豪商のひとつですね。元治元年(1864)11月、新撰組は局長・近藤勇名で加賀屋四郎兵衛をお呼び出し。分家の加賀屋徳兵衛が代理として「三橋楼」に出向くと、近藤から大阪商人に対しての献金要請があったそうです。加賀屋では銀6600貫を新撰組…

淀屋の屋敷跡@大阪2018

ほほう・・・。これがかの有名な淀屋橋かぇ?立派な石造りの橋ですが、当時はまた立派な木造橋が架かっていたのでしょうね。自費で橋を架けるとは、さすがの豪商っぷりです・・! 土佐堀沿いに碑がありました 「淀屋の屋敷跡」。この辺りに豪商の屋敷が立ち並んで…