うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

#歴史

「酢屋」@龍馬をゆく2015

「龍馬通」と名付けられた通りがありました。昔から?あったのでしょうか? やって来たのは9年ぶりの「酢屋」。夜に訪れたのは初めてでしたがあかりに雰囲気がありますね。やはり京都は「あかり」を楽しまなければ、といったところでしょうか。 海援隊京都事…

特別展「始皇帝と大兵馬俑」@東京国立博物館

東京国立博物館(平成館)で現在開催されている特別展「始皇帝と大兵馬俑」に行ってきました 元々「伊能忠敬の地図」、伊能図を観に行くのが目的でして、幕末以外、ましてや中国の歴史など「専門外」な為ええ~・・・と思ったんですが今コレを観に来ないでトー…

「池田屋跡」@京都2015

私の好きな「三条小橋ワタル」という音。その三条小橋を渡ると 「池田屋跡地」です。9年前にはパチンコ屋さんだったその場所も、「池田屋」という居酒屋さんに変貌していました・・。 しかしかつてのパチンコ屋さんよりは「新撰組」をモチーフにした居酒屋さん…

土佐藩邸跡@龍馬をゆく2015

夜の土佐藩邸跡です。やはり9年前、あ、いや2016年になったから10年前になりますね・・ここを初めて訪れた時の感動は忘れ得ぬ思い出です。 京の都で活躍した龍馬のお国の邸跡と考えるとワクワクしましたね。2015年バージョン、アーカイブしておきます。

磯田道史先生の【龍馬暗殺】を歩く@龍馬をゆく2015

坂本龍馬暗殺に関してはこれまでいくつもの説が挙げられていますが、その「オタクぶり」で人気の、私も大ファンの新進気鋭の史家・磯田道史先生の「説」は非常にリアリティがあって説得力があります。今回はその磯田先生の説く「龍馬暗殺」を歩こうと思いま…

お龍独身時代寓居跡@龍馬をゆく2015

9年ぶりの木屋町通りを歩きました。懐かしい感覚です。都会館の前になにやら新しい感じの碑が見えました。 2009年京都龍馬会さんが建立されたようです。「此付近 お龍独身時代寓居跡」の碑。こちらの1Fがたしか京都龍馬会さんの事務局(バー兼史料館?)で…

「坂本龍馬・お龍結婚式場跡」@龍馬をゆく2015

今回のショートトリップの目的は「龍馬祭で軍鶏鍋を食う」ともうひとつ、青蓮院門跡を観ることでした。その青蓮院門跡を見学し地下鉄東西線「東山駅」方向に歩いてゆくと 「坂本龍馬 お龍 結婚式場跡」という碑が建っていました。 ここはかつて青蓮院の旧境…

「武市瑞山寓居之跡碑」@龍馬をゆく2015

「四国屋・丹虎」。新撰組の土方隊が池田屋の時に探索した場所ですね。 この日は門が閉まっていました・・。

「加賀藩邸跡」@龍馬をゆく2015

やはり高瀬川沿いの「加賀藩邸跡碑」。「ブラタモリ」の金沢版の放送もありましたがとても面白かったですね、素晴らしい番組です。新幹線の開業によって金沢は観光客がどっと増えた、という報道を聞きますが私もいずれじっくりと散策してみたいなあと思いま…

「佐久間象山、大村益次郎遭難之地碑」@龍馬をゆく2015

高瀬川沿いを歩くと「佐久間象山と大村益次郎遭難之碑」を案内する「碑」がありました。 ここも思い出しました。二つの大きな碑が高瀬川沿いに並んで建っています。2006年以来の「佐久間象山、大村益次郎遭難之地碑」。

「本間精一郎遭難之地碑」@龍馬をゆく2015

2006年「龍馬をゆく~京都編」での想いで深い場所の「本間精一郎遭之地」。当時私が札幌から京都巡りに出掛けた際、大坂のMr.Rさんに京都をご案内していただき、個人ではまず見れない場所も見せていただけました。ここでも懐中電灯を偲ばせ、当時のもの…

「霊山歴史館」@龍馬をゆく2015

「坂本龍馬の誕生日&命日に京都で軍鶏鍋を食べる」を堪能した私は、前回日程的に訪れていなかった「霊山歴史館」に向かいました。 ここも幕末関係、龍馬・新撰組関係番組などでは必ず登場する歴史館ということで以前から訪れてみたかった場所でした。 幕末…

龍馬命日墓参り@龍馬をゆく2015

2015年11月15日の龍馬祭の記録です。 そうでした、墓地に上がる所にはゲートがあったんですね、9年ぶりに思い出しました・・。 ああ・・この光景は鮮明に覚えています。当時ここへ来た時はいよいよ先生の墓前に、先生にお会い出来るという緊張感でバクバクだった…

霊山、龍馬祭の「軍鶏鍋」@龍馬をゆく2015

霊山護国神社の境内、「龍馬演舞場」では太鼓お囃子の演舞が繰り広げられていました。 そして、「龍馬祭」と言えばコレです。龍馬らが「食い損ねた」軍鶏鍋。軍鶏鍋を食べて龍馬らを供養しましょう、といった催しです。一度でいいからこれに参加したかったん…

霊山「龍馬祭」@龍馬をゆく2015

2006年の「龍馬をゆく~京都編」以来ずっとチャンスを模索していました、霊山の「龍馬祭」に 9年越しにやっと辿り着く事が出来ました。例年のこの時期、この日程にはなかなか都合がつかない為、じっとチャンスを伺っておりましたが、今年ようやくチャンスが…

「翠紅館跡」@龍馬をゆく2015

2006年以来の「翠紅館跡」(現在の料亭京大和)です。 9年前に、大人になって初めて訪れた京都を訪れた時の感動を思い出します。

「伊東甲子太郎他数名殉難之跡」@京都2015

やはり9年前に訪れた「油小路」を再訪しました。当初は夜を歩こうと考えていたのですが、今回の行脚はトラブル続きにて朝歩くことになりました・・。 御稜衛士、伊東甲子太郎が絶命した付近と言われる「本光寺」にやってきました。 門前の「伊東甲子太郎外数名…

「高台寺」@京都2015

11月の京都はすごい人ですねえ・・。紅葉シーズンの観光に重ねてアジア系外国人の観光客の数には圧倒されます・・。 9年前は「御稜衛士屯所跡」である高台寺月真院を訪れましたが、その高台寺を見学しようと歩いてきましたが、あまりの観光客(とくにアジア系外…

「西本願寺」@京都2015

「国道1号線」っていいですねえ・・。何か非常に浪漫のある道です。 さて、9年ぶりの京都巡りにて「西本願寺」まで歩いてきました。ああ・・懐かしいです、この光景よく覚えていますよ。 前回は恒例の幕末巡り時期である2月でしたが、今回は11月。秋の西本願寺に…

「久坂玄瑞密議の角屋」@龍馬をゆく2015

花屋町通りをゆく。島原大門をくぐり揚屋の「角屋」に到着です。 整然とした格子造りがいかにもな感じを強烈に醸し出していますね。9年ぶりにここを訪れました。 新撰組のエリアでもあった?この界隈ですが、「長州藩志士 久坂玄瑞の密議の角屋」の碑が建ち…

「新撰組刀傷の角屋」@京都2015

これまた9年ぶりの「角屋」です。格子造りの整然とした様子がとても印象的ですね。 「新撰組刀傷の角屋」の碑。京都を歩いているとあらゆる所に碑が建っていますね、それだけ歴史が深い証拠なのでしょう。 前述の輪違屋が置屋なのに対して、こちらの角屋は「…

「輪違屋」@京都2015

島原大門の内へ入り、これまた9年ぶりに「輪違屋」を訪れました。ここも9年前となんら変わらず、な印象でそういうのが嬉しかったりします。 「置屋」である輪違屋ですが、しつこいですが私は浅田次郎先生の新撰組関連の小説が大好きでして、まあここでもその…

「島原大門」@京都2015

かつての「壬生狼」は京の都の中心部からは離れた界隈である壬生に起居したようですが、ワタクシも現代の下流そのものの身として?京都観光の中心部に寝泊まりすることは出来ず、この界隈に宿泊いたしました(苦笑) 9年ぶりに訪れた「島原大門」。10年一昔…

「幾松」@龍馬をゆく2015

こちらもまた2006年以来の「幾松」。 看板の脇には登録有形文化財のプレートが。京都はこうした文化財の集積地ですね。 ここに来る時間帯がいつもこうした夕方になるのは不思議です・・。

長州藩邸跡@龍馬をゆく2015

ご存知、「長州藩邸跡」のホテルオークラ。→2006年記事 今回は桂小五郎さんにはお会いできませんでした(笑)

徳川斉昭(烈公)像@龍馬をゆく2014

旧弘道館の前に設置されている「徳川斉昭(烈公)像」。 烈公も幕末の巨人の一人だと思うので、そういう感覚としてはもうひとつ像が小さいかな、と・・・。 今、最も興味がある人物のひとりです。

「至善堂」@龍馬をゆく2014

弘道館は「最期の将軍」徳川慶喜公向学の地としても有名です。「烈公から指導を受ける七郎麿の銅像」。 慶喜(七郎麿)は5歳~11歳までこの「至善堂」御座の間で学んだといいます。そしてまた、大政奉還後の明治元年、静岡に移るまでの四カ月間を慶喜はここ…

「弘道館」@龍馬をゆく2014

「震災から全面復旧の弘道館を訪れる」にも記しましたが、再載します。「特別史跡 旧弘道館」。 弘道館が出来た時に仁考天皇から下賜された鉢植えの桜をここに植えたことに因んで、昭和に入ってから再び宮内庁から苗をいただきここに植えたという「左近桜」…

「彰考館跡」(大日本史編纂之地)@龍馬をゆく2014

藤田東湖像の項でご紹介した「彰考館跡地」です。この敷地は現在は中学校になっている様です。そしてこここそがかの水戸藩が250年もの長きに渡って行った大事業、 「大日本史」の編纂之地です。この水戸藩が進めた歴史研究がやがて時を経て、幕末の志士たち…

水戸城跡@龍馬をゆく2014

「水戸ナンバー」が「木戸」に見えてしまう幕末病の私が2014年、真っ先に向かったのはもちろん、水戸でした(苦笑) 「水戸城跡地」。塁と壕が残ると言いますが、敷地がバカデカ過ぎてイマイチぴんときません・・。しかし訪れて驚いたのが水戸駅からほど近いと…