うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

磯田道史先生の【龍馬暗殺】を歩く@龍馬をゆく2015

イメージ 1

坂本龍馬暗殺に関してはこれまでいくつもの説が挙げられていますが、その「オタクぶり」で人気の、私も大ファンの新進気鋭の史家・磯田道史先生の「説」は非常にリアリティがあって説得力があります。今回はその磯田先生の説く「龍馬暗殺」を歩こうと思います。

イメージ 2
二条城を北上し、二城公園の向こうにはかつて豊臣秀吉が築いた「聚楽第」跡地があります。この敷地内に幕末、大和郡山藩の屋敷がありました。
イメージ 3
この大和郡山藩の屋敷には当時、幕府大目付の永井玄蕃(尚志)が下宿していたそうです。永井玄蕃と言えば幕府の重職であり龍馬暗殺の翌月の12月には若年寄に就任するまさに幕府の重役です。(ちなみに永井の玄孫にあたるのが作家の三島由紀夫だそうです)その永井玄蕃に龍馬は会いに来ていました。
イメージ 4
磯田説で龍馬は永井に大政奉還を説得し、また、徳川慶喜に関白職を用意しようとしていたとされています。そのため龍馬は自らの下宿である近江屋から3km以上もあるこの場所へ朝に夕にと訪れ、永井と交渉を重ねていました。龍馬の永井訪問は土佐藩大目付神山の日記にも記されているといい、土佐藩も龍馬のこの動きは知っていたということになります。
イメージ 5
後藤象二郎の伝記から11/5頃、龍馬は福井で三岡八郎と新政府の経済基盤をつくる話をして京都へ戻ってきました。そして11/10、土佐藩参政福岡孝弟と共に永井を訪ねますが、永井に「忙しい」といって断られます。(ちなみにこの日薩摩の中村半次郎とも出会っているらしく、半次郎の「在京日記」に「山田・竹之内両士同行散歩之処、途中にて土州士坂本竜馬へ逢う」とあるようです。どこで出くわしたのか非常に興味がそそられます)翌11日、昨日断られた永井に面会出来たと見え、林謙三への手紙で「今朝永井玄蕃方に参り色々談じ候」と書いています。つまり暗殺の15日の直前、朝に夕にと頻繁に龍馬はここを訪れていることが伺え、一日に二度訪れたりすることもあったそうです。幕府重役の永井にしてみれば、一介の浪人でありましてや幕府方にとっては超危険人物である坂本が連日連夜やって来るのは非常に迷惑だったことでしょう。
イメージ 6
さて、この大和郡山藩屋敷に隣接して、「やす寺」という寺がありました(現在の松林寺)
イメージ 7
この「やす寺」には当時見廻組与頭の佐々木只三郎が下宿していました。佐々木只三郎は旗本で剣客としても知られ、清河八郎を暗殺したことでも有名ですね。
イメージ 8
龍馬暗殺の実行指揮官であり、暗殺実行グループの一人とされる佐々木只三郎が、永井玄蕃が下宿するすぐ隣に下宿していたことになります。松林寺には当時の階段がそのまま残っていると言われます。
イメージ 9
少し横に逸れますが、この「やす寺」、平たい京都の町中にあって周辺より3mほど窪んだ地にあります。これはかつて秀吉時代の「聚楽第」の外堀の跡地と推定されているようで、その為に低くなっているようです。まさに「ブラタモリ」的要素で面白いことこの上ありません。
イメージ 10
幕末当時のこのあたりはまさに幕府方のテリトリーと言え、そこにノコノコやって来て幕府重職の永井と会って直接交渉をする龍馬。京都の治安維持を担う見廻組の佐々木只三郎にしてみれば、超危険人物の龍馬に自分の下宿の隣でこんなことをやられているわけで、守護職や見廻組の関係者を著しく刺激し龍馬暗殺を決意する引き金になった可能性があると言えます。
イメージ 11
更に、佐々木只三郎の実兄である会津公用人・手代木直右衛門勝任が、その死の床で「坂本龍馬を殺したのは自分の弟だ」と語ったとされています。それまで隠していた龍馬暗殺について語り始めたそうで、これを家族が「手代木直右衛門伝」にまとめています。「蛸薬師なる坂本の隠家を襲い之を斬殺したり」。
磯田先生の見解では「龍馬暗殺は会津藩が見廻組に命じて行った政治的暗殺であった」とされており、これまで定説とされてきたものからそう外れてはいません。しかしこうした永井玄蕃の下宿地や隣接する佐々木只三郎の下宿地、そして佐々木の実兄である手代木を結んでの解説はこれまでに見たこともなく非常に説得力に満ちていると思えますし、素人の私が日常歴史散策を楽しむのと同様に先生も現地を歩き思想する、こうした点がプロの先生でありながら私達と同じ目線を有してくれている、純粋な歴史ファン(オタク?)目線を有してくれているところに大きな魅力を感じ敬愛心を持たせてくれるのです。
先生は著書「龍馬史」で、「歴史の思索に終わりはない」と述べ、「このあとは読者の皆様が龍馬暗殺最終回答を導き出されることに期待したいと思います」と結んでいます。
私はことさら「龍馬暗殺の真相」ばかりに興味を抱いてはおりませんが、かつて「龍馬巡り」を始めた頃からとは明らかに違う面からも幕末をみる楽しみを感じており、そうしたある意味純粋な龍馬ファンからは叱られかねない?面からも龍馬・幕末探訪を楽しんでいきたいと思っています。
 
 
イメージ 12
 
 
イメージ 13