うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

「瓢亭」@龍馬をゆく2019

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あまりにも有名な「龍馬暗殺」。こればかりは幕末に興味が無い方でも、「それは聞いたことがある話」なのではないでしょうか。

当「龍馬をゆく」でも、これまでも幾度か取り上げて来たテーマですが、今回はその事件現場「近江屋」の主人、近江屋新助が証言したと言われる「事件現場に残されていた下駄」にまつわるスポットです

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「瓢亭」。南禅寺です。「先斗町の瓢亭」ではなかったか、と記憶しているのですが、そのあたりのいきさつは不明です

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龍馬暗殺の事件現場に残されていた遺留品に、「蝋色の鞘」と「瓢亭の下駄」があったとされています。前者は駈けつけた伊東甲子太郎が、「新撰組原田佐之助のものに相違ない」と証言したとされ、当初はまっ先に新撰組が疑われました。また、瓢亭も新撰組の隊士がよく出入りする場所であったといい、合わせて新撰組が犯行という方向にベクトルが向かいます

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しかし、様々な黒幕説がある中で、最も有力説とされているのが「京都見廻り組説」で、これもご周知。私もその説派で、特に磯田道史先生の説はとても説得力を感じます

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上記、伊東の証言も、新撰組から脱退し御陵衛士として高台寺党を結成、龍馬暗殺の三日後に新撰組に暗殺されるなど、反目していた所からも、伊東は新撰組の犯行に持っていこうとしていたと見られても不思議はありません。また、近江屋新助が証言したとされる「瓢亭の下駄」もその真偽が定かではないようです

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そもそも、新撰組隊士がよく出入りしていた「先斗町の瓢亭」とは、こちらの瓢亭とはまた別なものじゃないのか、とも思えますし、近江屋新助絡みのミステリー説もあって、もはや「瓢亭の下駄」自体が不明です。ただ、磯田先生の会津黒幕説を思う時、京都守護職の本陣である「くろ谷さん」とこの瓢亭は近い、ということは言えます。金戒光明寺ー瓢亭ー粟田口というラインが浮かび上がってくるところには、鳥肌が立つ面白さを覚えます

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現在では、その「朝粥」が有名で人気だと聞く「瓢亭」。

私はお得意の「妄想力」で、幕末・龍馬な京の都を楽しむのであります

 

 

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