うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

石舞台古墳@奈良2020

f:id:a-jyanaika:20210131083906j:plain

2020年秋に、石舞台古墳を訪れた記録です。久しぶりに、「古墳deGO!」のお時間がやって参りました(^^)!

f:id:a-jyanaika:20210131084052j:plain

拝観料を払い道を進むと・・・(゜゜)あっ・・!向こうにめちゃデカイ石が見えました!

f:id:a-jyanaika:20210131084424j:plain

うおおおおっ・・・・!!ナンダコレハ・・(゜゜)!!!

f:id:a-jyanaika:20210131084707j:plain

で・・でけぇ・・・(゜゜)!公園における、現代の単なるアートなオブジェなら、ふうん・・って感じですが、もちろんこれはそんなものでは無いワケです・・!

f:id:a-jyanaika:20210131085117j:plain

石舞台古墳」。国営飛鳥歴史公園内の石舞台古墳は、我が国最大級の方墳だそうです。墳丘の盛土がまったく残っていない為、石室が露呈してしまっているものだそうで、本来はこれが盛土で覆われていたということですよね・・。盛土で覆われることによってこんもりとした山のようになって、いわゆる「古墳」らしくなるはず・・。ナゼじゃ・・・??

f:id:a-jyanaika:20210131085527j:plain

拝観券の記載によりますと、築造は7世紀のはじめの頃と推定され、古墳上部の封土は失われ巨大な天井石が露出した姿になっています。被葬者は不明。6世紀後半にこの地で政権を握っていた、蘇我馬子の墓ではないかと言われているそうです。

f:id:a-jyanaika:20210131090033j:plain

石室の天井に使われている石の重さは、北側が約64t、南側が約77t、総重量はなんと2300tという・・、とてつもない大規模な古墳だということです・・・(゜゜)スゲー・・・。

f:id:a-jyanaika:20210131090359j:plain

この日は(この日も?)大勢の中学生らしき団体らが見学に訪れており、とても賑やかでした(^^)
ってことは・・、自分も30年前に修学旅行で訪れていたのでしょうか・・(・・;)?しかし、石舞台古墳の写真は残っておらず、明日香村には来ましたが、ここは訪れていないと思います・・。訪れていたら、まず記憶に残っているでしょうし、ここは必ず写真に撮るはずですよね・・^^;逆に、何で来なかったんだろ・・・??

f:id:a-jyanaika:20210131091225j:plain

昭和8年~10年に本格的な発掘調査が行われたそうで、方墳であり掘、外堀もあることが確認されたそうです

f:id:a-jyanaika:20210131091629j:plain

学生さん達が落ち着くのを待って、石室の中に入ってみました。石室の入り口に立つと、先ほどの天井部のドデカイ石の迫力が、ハンパ無いですね・・・。

f:id:a-jyanaika:20210131091829j:plain

おおお・・・。広いですね・・・(゜゜)
出雲でいくつかの古墳を巡りましたけど、その石室は真っ暗でめちゃめちゃ怖かったですが・・^^;、これだけ広いと閉所恐怖症感も薄まります・・。

f:id:a-jyanaika:20210131092031j:plain

何より、盛土が失われてしまっている為、光が洩れ入ってくる事が最大の安心感ですね・・・^^;見上げる天井部の石・・。デカイ・・・・

f:id:a-jyanaika:20210131092214j:plain

しかし毎回毎回同じことを思うのですが、どうしてこんな巨大な石を、重機も何もない古代に、こんなに綺麗に積み上げる事ができたのでしょう・・。動かす事すら困難なはずなのに、どうして精巧に積み上げたり出来るのか・・・(・・;)

f:id:a-jyanaika:20210131092428j:plain

最近の「縄文人最強説」ってのも非常に興味深い話ですが、古墳時代はそれよりも時代は下っての話でしょう・・。いずれにしても、私たちが過去、教科書で習った「歴史」はどんどん覆されていますね。自論ですが、いわゆる「歴史」というものは、我々が伝え聞かされてきた「歴史」というものは、乱暴な良い方をすれば全て「嘘」ですからね。いや、ウソじゃないと、世の中治まらないワケですよ^^;。本当の事などひとつもあらない。(石室に入って、口調が思わず村上春樹騎士団長殺し」になってしまった・・笑)

f:id:a-jyanaika:20210131093937j:plain

そういうミステリーな部分を「妄想」しながら史跡を見て回る、ってのは本当に面白いですね(^^)読みたい本も山ほどあって、まさに山積していてその「標高」が増すばかりです・・^^;
さて、発掘調査の結果、玄室の長さ7.7m、幅約3.5m、高さ4.7mで大小30数個の花崗岩が使われているそうです。

f:id:a-jyanaika:20210131094912j:plain

本格的な発掘調査が昭和初期に行われたとは言え、昭和に発見されたワケでも何でもなく、古くから石舞台古墳はあった訳です。「幕末人」の私として興味深いのは、明和9年(1772)に国学者・本居宣長「管笠日記」の記述があるという点ですね。

f:id:a-jyanaika:20210131095649j:plain

それによると、石舞台古墳は南側に徒歩約15分ほどに位置する「都塚古墳」と対として意識されている、との事で、それぞれ推古天皇用明天皇の伝承をもっていたとされています。ちなみに、都塚古墳はピラミッドのような構造を持っているという話もあり、これまた興味深いですねえ・・・!ピラミッドと言えば、秋田の「クロマンタ」

また、文政12年(1829)の「卯花日記」には蘇我馬子の墓ではないかとの考察があり、嘉永元年(1848)「西国三十三所名所図会」にはイラストとともに、天武天皇の墓だと伝承されているとされているそうです。諸説、あり!

f:id:a-jyanaika:20210131100731j:plain

「石舞台」の名の由来については、「石蓋」や、石を舞台に踊ったとか、これも諸説あるようですが、「石の蓋」古墳は自然に納得できますね(^^)「イシフタの古墳」とか言ってたっぽいですよね・・。
しかし、やや遠くからフラットに眺めると、その石のデカさをより感じます・・(゜゜)

f:id:a-jyanaika:20210131101110j:plain

別の場所に「復元された石棺」が展示されていました。石棺も大きく感じましたが、石舞台古墳の規模からすると、他と比べてそこまで際立った大きさには感じませんでした。

f:id:a-jyanaika:20210131102200j:plain

いや~・・・しかし、たまらんですね・・、興奮しました^^;
ふと地図の周囲を見渡せば、至る所に古墳だらけ・・。勿論、奈良だけでは無いとは思いますが、近畿の古墳は「中央感」ハンパ無いですよね・・!規模が、デカイ・・^^;。我らが滋賀にも、多くの古墳がありますし、以前住んでいた東北や、北海道にも多くの遺跡が残ります。こした点を鑑みるに、日本人大陸から移動説から、否、「元々列島に日本人あり、むしろ列島から大陸に人が移動して行った説」(もちろん大陸から入る者もあるが)がいよいよ説得力を持って迫り来るようにも思えてしまいますね・・^^;!

f:id:a-jyanaika:20210131103034j:plain

いや~・・ホンマに興味が尽きませんね・・^^;オモシロイ!
これからもたまには幕末を離れて、古代史も追っていきたいと思います。
お付き合い、ありがとうございました(^^)

 

f:id:a-jyanaika:20210131103352j:plain

 石舞台古墳@奈良2020