うめじろうのええじゃないか!

貧困中年のサバイバル日記

龍馬をゆく~長崎

「皓台寺」近藤長次郎墓@龍馬をゆく2007

英国への密航が仲間に露見した近藤長次郎。実際には陸奥宗光が偶然に気付いた、とも言われていますが、長次郎は仲間に問い詰められます。「全ての事の大小となく相謀りてこれを行うべし」「もしこれにそむく者あれば切腹してその罪を謝すべし」という社中の…

「上野彦馬宅跡」@龍馬をゆく2007

英国留学を企てた上杉(近藤長次郎)は、密出国の準備中ふと、「写真を撮って自分の像を残しておこう」と、物語上では思うんですね。実際、写真を撮ったのはこの計画を考えた後なのかそれ以前なのかは解りませんが、大きな決心をするにあたってそう思うのも…

「グラバー園」@龍馬をゆく2007

イギリス貿易商、トーマス・ブレイク・グラバー。文久2年(1863)に建てられたグラバー邸は長崎の代表的な観光地のひとつとなっています。 我が国最古の木造洋館として、国の重要文化財に指定されています。いかにもな雰囲気が充満しています。 最近では「フ…

薩摩藩屋敷跡付近と「吉宗本店」@龍馬をゆく2007

薩摩藩屋敷跡付近を散策します。土佐藩屋敷と非常に近い場所にあったのですね。人の往来が多い場所でした。 そしてこの付近でまさに「幕末料理店」とも言える老舗の茶碗蒸店があり、ぜひ行ってみたい場所でした。 「吉宗本店」。なんと慶応2年(1866)創業!…

「土佐商会」跡@龍馬をゆく2007

西浜町の賑やかな一角にある土佐藩営の「土佐商会跡」碑。岩崎弥太郎の説明書きもありました。土佐藩邸のはす向かい側に位置しています。

土佐藩屋敷跡地付近@龍馬をゆく2007

西浜町の土佐藩屋敷跡地付近。土佐商会跡のはす向かい側で、現在では大きな道路に面した賑やかな場所でした。

小曽根邸跡地@龍馬をゆく2007

当時の本博多町の小曽根邸跡地。現在の法務局のところです。長崎きっての冨商で龍馬もさんざん世話になっていますし、物語上でもお龍をあずけたり、朝帰りの龍馬と喧嘩のシーンが描かれていたりよく登場するポイントですね。龍馬や勝もこの界隈を歩いている…

長州藩屋敷跡@龍馬をゆく2007

巌流坂の長州藩屋敷跡地。2007年当時はこのような自治会館の建物が建っていました。小曽根邸跡の法務局から更に市役所方向へ進んだ場所です。

出島@龍馬をゆく2007

今や周囲をすっかり埋め立てられて「島」を想像するのは難しくなってしまってる「出島」ですが、言わずと知れた江戸・幕末の大スポットですね。当時はこの中心部分に「島」に渡る橋がかけられていたそうですが、私の訪れた2007年にはすっかり無くなってしま…

「本蓮寺」勝海舟寓居の地と沢村惣之丞墓@龍馬をゆく2007

海軍伝習所時代の勝の宿舎でもあった「本蓮寺」。福済寺のすぐ隣のお寺さんです。長崎駅から徒歩5~6分。 その「勝海舟寓居の地」碑。安政2年(1855)から約4年間、「この地にあった大乗院に宿泊したが、長崎の女性梶くまとの間に一男一女をもうけた」と案内…

福済寺@龍馬をゆく2007

勝らは翌日、宿を替えます。「福済寺」。ここに2/28に長州藩士が4人訪れていると勝の日記にあるようですが、勝がどういう人物かほとんどの長州人が知らないわけで、幕臣の勝が反長州的な意図を持つと見るや斬る!という事でしょう、龍馬と重太郎が勝を訪れ…

長崎奉行所立山役所跡@龍馬をゆく2007

長崎には2つの奉行所があり、もうひとつの奉行所、「立山役所」跡付近。諏訪神社がある方です。厳密には現在の県立図書館などのある辺りだそうですが、そのすぐ下にこうした施設がありました。 現在は「長崎歴史文化博物館」がおかれていて、幕末ファンには…

長崎奉行所西役所跡@龍馬をゆく2007

元治元年(1864)、勝の長崎出張に随行した龍馬は長崎の地を訪れる。2/23に一行長崎入り。勝は長崎奉行服部長門守常純に会う為奉行所(西役所)に行く。長崎奉行所西役所跡地、現在の長崎県庁。 勝はこの町で第一回海軍伝習所生として過ごしている。徳川幕府…