うめじろうのええじゃないか!

貧困中年のサバイバル日記

龍馬をゆく~長崎

「上野彦馬顕彰碑」@龍馬をゆく2017

これまた有名な幕末の写真屋、「上野彦馬」の顕彰碑です このような顕彰碑は、2007年当時にもありましたかね・・?以前にはちょっと気が付きませんでした・・苦笑

風頭公園龍馬像@龍馬をゆく2017

ひゃー!!実に10年ぶりの風頭公園の龍馬像です!お久しぶりです!! 相変わらず、力強い長崎の龍馬像! ブーツもバッチリ、決まってるぜよ そういえば、10年前にこちらでお会いしたシャノンさんは元気かえ?「アメリカ生まれの長州育ち」とおっしゃるカメラ…

「龍馬通り」の龍馬像@龍馬をゆく2017

2017年の「龍馬をゆく」。今回も「龍馬通り」のながーい階段を登ってきたぜよ~。凛々しい「龍馬通り」の龍馬像。 「亀山社中ば活かす会」さんの白袴の看板も変わらんね~。謙吉さんもかわらんね~。 あ、ここで10年前、ロッククライミング?をやってる人が…

若宮稲荷神社の龍馬像@龍馬をゆく2017

若宮稲荷神社の龍馬像です こちらの龍馬殿、風頭公園の有名な長崎龍馬像の原型となったものだそうですが、10年前に亀山社中を訪れた時にはその庭に鎮座していました。当時閉鎖されていて今のように見学が出来ない時期でしたが、外から覗いた庭の「龍馬」と眼…

若宮稲荷神社@龍馬をゆく2017

やって来ました、「若宮稲荷神社」。 若宮稲荷神社。出来大工町乙名・若杉喜三太が、自邸に祀っていた南北朝時代の忠臣・楠木正成の守護神、稲荷大神を延宝元年(1673)に、この地に移したのがはじまりと言われています。 「楠木正成」という幕末コードに引…

「亀山社中資料展示場」@龍馬をゆく2017

ああ・・、懐かしいですね~・・。「亀山社中資料展示場」、10年ぶりの訪問。 ・・ですが・・、土日のみ・・。亀山社中ば活かす会さんのボランティア運営であれば致し方ないですね。今回は社中ば活かす会さんとお会い出来ず残念でした。またの機会、よろしくお願いい…

「龍馬のぶーつ像」@龍馬をゆく2017

久しぶりの「ぶーつ像」です。前回初めて訪れた時はなんまら感動しましたが、さすがに二度目は心に「余裕」がありんす・・苦笑 この日も天気が良くて♪ながさきィ~はぁあぁ~的な「雨」は当たりません・・。「長崎的晴れ男」なんでしょうか・・笑? どうしても前回…

亀山社中跡@龍馬をゆく2017

寺町。戻って来たぜよ、長崎に。 今回は三宝寺脇から登ってきました。前回は降りた道を登ってみたのです。 ああ・・、来ました来ました、この風景、懐かしいですね。 到着!ん!?「亀山社中の跡」碑の後ろに、前回は無かった看板が取り付けられていますね。「…

長崎会所跡@龍馬をゆく2017

長崎歴史文化博物館(旧立山役所跡)隣接して、碑が建っていました 「長崎会所跡」碑。今でいう税関でしょうか、幕府直轄領の税関、さぞかし威勢を放っていたことでしょうね。

旧立山役所跡(長崎歴史文化博物館)@龍馬をゆく2017

長崎歴史文化博物館です。ご周知、「旧長崎奉行所立山役所跡」です。 前回も思いましたが、非常に綺麗な施設ですねえ~!歴史的な白壁がとても眼を惹く建物です この日は「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展が開催されていて、2016年千葉会場で開催し…

永昌寺@龍馬をゆく2017

「永昌寺」。直接龍馬とは関係ありませんが、嘉永6年、ロシア使節プチャーチンの応接掛を拝命した川路聖謨らが長崎の宿泊所としたお寺です。 隣の聖福寺に出入りしていたならば、というか長崎にいた龍馬はここのお寺の前も歩いていたことでしょうね。

聖福寺@龍馬をゆく2017

2007年来の「聖福寺」にやって参りました こちらのお寺は龍馬ファンにはご周知、「いろは丸事件」の談判が行われた場所です と、いうことはまさしく坂本龍馬もここを歩いたのだ・・と思うに、毎度のことながら鳥肌モンの妄想が炸裂いたします(苦笑) 門をくぐ…

福済寺@龍馬をゆく2017

「フーコーの振り子」の「福済寺」です 緑と黄色の菊の装飾に、何となく日光東照宮を連想してしまった私です・・。 そして福済寺といえばこの「長崎観音」ですね。 2007年、初めて長崎を訪れた際に、亀の上に立つその異様な光景に驚きました・・。 観音様の足元…

梶クマの墓@龍馬をゆく2017

本蓮寺の隣に「聖無動寺」があります。本蓮寺と福済寺との間に位置しますが、二つの寺の入口に面した道路よりも一本上、になる為2007年時はお寺の存在が分からず素通りしてしまっていました・・。 こちらのお寺には、幕末ファンの方々にはご周知、長崎で勝海舟…

沢村惣之丞墓@龍馬をゆく2017

そして本蓮寺には海援隊士の沢村惣之丞の墓があることでも有名です。10年前には、このような説明版はあったかしら・・? さらにさらに、お墓へ向かうと綺麗な看板まで設置されていて驚き・・。10年前、たまたま本堂からご住職さんが出て来られて、運良くお墓の場…

本蓮寺@龍馬をゆく2017

2007年以来、10年ぶりに長崎を訪れました。長崎はいいですね。一度訪れていると大体の街の様子が掴めているので気分的に楽ですね・・笑 長崎駅を出ると、「いつもの」コース?長崎街道をゆく山裾の寺巡りから開始です。10年ぶりに訪れた本蓮寺、当たり前かも知…

東山手の「古写真資料館」@龍馬をゆく2007

観光名所の「オランダ坂」を歩き、異国情緒を堪能します。 ガイド誌などにもよく登場する観光スポットですが、実に素敵ですね。おっと、いけません、あまり観光気分にシフトしてしまうと哀しくなってきますので、あくまで幕末巡り(苦笑)・・。 入り組んだ坂…

長崎の夜はここで決まり?【風雲児焼鳥 龍馬】@龍馬をゆく2007

龍馬ファンの長崎の夜はここで決まり!?です。 その名も「風雲児焼鳥 龍馬」。 「龍馬」なのか「竜馬」なのかどちらが正式なのかはわかりませんが(汗)・・、とにかくファンには凄いインパクトぜよ・・・・。 こんばんわ。お店に入るとこれまた凄いインパクトで…

グラバー墓@龍馬をゆく2007

グラバーの墓へと向かいました。 トーマスBグラバー夫妻の墓。坂本国際墓地にありました。 隣にはグラバーの子、倉場富三郎の墓。

聖福寺@龍馬をゆく2007

その丸山の花町から流行らせた、という「船を沈めたその償いは 金を取らずに国を取る」というよさこい節。 ご存知、日本近代海運史上初の事故と言われる紀州藩との「いろは丸事件」にて、言わば世論を味方に付ける施策として流行らせた唄が見事としか言いよ…

史跡料亭「花月」@龍馬をゆく2007

「いこか もどろか」の「思案橋」を過ぎると、吉原、島原と並ぶ三大遊郭とよばれた丸山があります。 丸山随一の花楼、「史跡料亭花月」は当時「引田屋」という楼号だったそうです。 頼山陽も好んで滞在したそうで、その碑が入口に立ちます。端唄の代表である…

後藤象二郎邸跡@龍馬をゆく2007

テレビ長崎のビルの角にある「後藤象二郎邸跡碑」。 後藤の写真もよく見掛けますが、見慣れたあの台座に肘をついて写っていますね。

大浦慶宅跡@龍馬をゆく2007

長崎三女傑のひとり大浦の「お慶」宅跡。私的に印象に残っているのが2010年の「龍馬伝」のお慶さん。余貴美子さんの「お慶」が妙に雰囲気出てるような気がしました。 幕末にお茶の貿易を大きく展開していて、龍馬や陸奥とも親交があったとされています。

上野彦馬墓@龍馬をゆく2007

龍馬像のそのすぐ裏というか脇というか、少し下がった所に、上野彦馬の墓がありました。 あの有名な龍馬の写真。それを写したであろう上野彦馬の墓と龍馬の像が隣接してあるというのもまた不思議な気がします。 「上野彦馬先生顕彰碑」もありました。

長崎の龍馬像と「竜馬がゆく文学碑」@龍馬をゆく2007

坂を登ってゆくと、ようやく見えてきました龍馬像の姿が! 風頭公園にそびえ立つ長崎の「龍馬像」。高知ではあまりの高所にあった為、その巨大さの割に遠かったですが、立派かつ近い、です。 公園には司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」の文学碑も建てられてい…

「亀山社中資料展示場」@龍馬をゆく2007

私が長崎を訪れた2007年、閉鎖されている亀山社中跡家屋に展示されていた史料は別の場所のお宅に保管、展示されていました。 例によって「社中ば活かす会」さんによる手書き看板。 午後1時。開場の時間待つ事5分、「待ちましたか?」と社中ば活かす会さん…

「龍馬のぶーつ像」@龍馬をゆく2007

幕末巡りとは言え、これだけ長崎観光のメジャーなコンテンツと化している「龍馬」ですので、私も観光的な事も楽しませてもらいます(笑)。 「龍馬のぶーつ像」。長崎観光スポットのひとつ?でもあるのかな??ここへ来たらぶーつに足を入れて、舵を握ります…

亀山社中跡@龍馬をゆく2007

「龍馬通り」を登り、いよいよ見えて来ました「亀山社中跡」。遠目からも大きく立派な碑が見えます。幕末巡りを始めて以来、碑に異常に反応してしまうようになりました(苦笑)。 ついに到着。今回の長崎巡りのハイライト、亀山社中跡地です。ここを訪れる為…

「龍馬通り」@龍馬をゆく2007

さて、いよいよ「龍馬をゆく長崎編」のハイライト、亀山社中へ向かいましょう。新大工町の長崎上野写真撮影局から寺町通りに向かい、三宝寺のひとつ左側の坂をゆく。 その名も「龍馬通り」。伊良林の坂を昇ります。実は私、恥ずかしい話ここを訪れる際、あま…

「長崎街道ここに始まる」碑@龍馬をゆく2007

「長崎街道ここに始まる」の碑。ここが出発点?終着点?かは解りませんが、上方から見れば終着点なのでしょう。しかし当時の長崎の異国文化、情報がここから京都や江戸に行った、と考えたなら出発点、「ここに始まる」わけですね。狭い通りに、浪漫あふれる…