うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

「新撰組結成の地 壬生を歩く」その4・旧前川邸土蔵@京都2020

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2020年11月、よみうり文化センターの講座「新撰組結成の地 壬生を歩く」に参加いたしました(^^)

さて、今回のツアーの目玉、恐らくは参加者の方の多くがメインと位置付ける「旧前川邸の土蔵」です!!

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こちらの画像は私が個人的に訪れた2020.8月の様子。平日なので閉まっています。

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土日祝だけ開門されているようで、中庭にあるショップで新撰組グッズが販売されていました。

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旧前川邸は自身でも何度も訪れていますので・・、個人で訪れた際の画像も一緒にアーカイブしておきたいと思います・・^^;

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「維新史蹟張紙禁ズ」の看板が・・

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あそこの蔵ですね!あの土蔵で、「池田屋」に繋がる古高俊太郎の壮絶な拷問が行われたという蔵です・・・。

空き地にはマンションが建設される予定とのことで、そうなるとここから土蔵を眺める事も出来なくなりましょう・・

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さて、それでは11月のツアーです!
光縁寺から西へそぞろ歩く一行。普段ひとりで歩いているので、とっても不思議な感覚です・・笑

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で、先ほどの・・。自分で巡っている時とまったく同じ場所から例の土蔵を眺めます・・笑。ここで先生がご説明を始めました。

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旧前川邸の前で説明を受ける私達。
前川家は元々「掛屋」、両替商だったそうですね。

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この日は日曜日の為、開門されています。私も個人で巡っているのはほとんどが平日だけなので、門から中へ入るのはこの日が初めてでした!

写真を撮る参加者の皆さん。みなさん、好きですねえ~・・!笑

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こうした新撰組ののぼり等が、ファンの心を楽しませてくれますね。
何より、当時の新撰組隊士達もここを通っていた訳ですから、時空を超えて私も同じ場所にいる!と妄想すると、鳥肌モンです・・・!

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この中庭に、新撰組グッズを販売しているお店がありました。見たかったんですが、私には時間が無くて覗けませんでしたね・・。それより何より、土蔵に気が行ってしまって、土蔵に全集中しておりました・・笑

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いよいよ土蔵の見学です!!

個人のお宅の為、普段は見学させていただくことは出来ません。土蔵内部のUPも厳禁で、個人の方が現役で使用している蔵ですから、そりゃあやたらに見せられはしませんよね・・。
ツアー一行は二手に分かれて、順番に土蔵の中を見学いたしました

正面に見えるのが西の蔵(味噌蔵)とのことで、その左手にあるのが「東の蔵」、古高俊太郎の取り調べが行われた蔵です・・!

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天保8年(1837)の創建の蔵とのことで、天保と言えば坂本龍馬の誕生年!(天保6年1835)そして龍馬の生まれ年と言えば、イコール土方歳三の生まれ年(同い年)なのであります!龍馬と土方が二歳の時に出来た蔵、と思うと、ほぼ「同い年」ですから、幕末ファンとしては感慨深いですねー・・・!龍馬や歳三らと同じ頃に「生まれ」、幕末の志士や新撰組を見てきた蔵です、そして今に至る。幕末の大事件のひとつとなった「池田屋事件」のきっかけが生まれた蔵。非常に色濃い幕末スポットであります・・!

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「池田屋事件」や古高俊太郎については、当ブログでも何度も触れて参りました。
無論、幕末ファンにはご周知な、とても有名な話ですが、いよいよその土蔵の中を見学させていただけるのです!興奮しますね!

二手に分かれた一行は、A班B班的に順番に土蔵の内部におじゃまして見学いたしました。
そう!まずは例の縄と滑車です・・!!古高俊太郎を縛り上げて逆さに吊るし、足には五寸釘、百目蝋燭という熾烈極まる拷問です・・・。

さすがに息をのみました・・。

土蔵は非常に綺麗に管理保存されている印象で(現役で使用なら当然か)、滑車と縄は重い荷物を二階へ運ぶ道具だったのでしょう、入口脇に二階に上がる階段があり、二階に上がった先生が二階の床板を外していきました。
一階から見上げると、四角く開いた天井部に、縄が垂れているのが見えました・・・。

これか・・・。

裸電球に照らされた土蔵内部。当時の家屋の暗さをイメージしやすかったですが、蝋燭のあかりだともっと薄暗く、ゆらめく空気感だったんんだろうと思いました・・。

ついにここを見学できた・・!と思うと感慨深いものがあります・・・。自身、幕末にハマって以来、実にこれまで17年ほど掛けて全国各地を巡って参りました。しかし、なかなか個人では見学出来ない所も多く、今回こうしたツアーに参加させていただいて、ようやく念願が適ぅたのであります・・!

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さて、その古高俊太郎ですが、私自身滋賀に移住していの一番に訪れたのが「地元」近江は守山市の「古高俊太郎誕生地」でした。

「枡屋喜右衛門」を名乗り、四条小橋西詰で古物商を営んでいた古高は、長州毛利家の遠縁にあたる人物であったそうなのです!これは今回先生の座学にて、初めて知りました。我々幕末ファンは古高俊太郎と言えば単に「勤王の志士」、という認識で、それで長州と繋がっていたのかと思っていましたが、毛利家の遠縁ともなればそれは信用に値したということでありましょう。こうした信用から、長州藩士・寺島忠三郎は、有栖川宮と長州の仲介を依頼したそうです。
そして古高が仕えていた慈性法親王は、有栖川宮家出身で甥には有栖川熾仁親王がいます・・!んん~・・・ヤバいですねえ・・この辺りの話を聞くと、古高俊太郎をもう少し深掘りしていきたくなってしまいます・・・。

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また、土蔵の脇には当時の格子窓も保管されていて、当時付けたであろう、隊士による刀傷も見学できました。元々は外の道路沿いにあったものですが、何分狭い通りにて、どうも車が引っ掛けてしまい壊してしまったのだとか・・・。それで奥に保管したようです・・。

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刀痕と言えば、私が一番初めに見た刀傷が、「本間精一郎遭難之地」の刀傷でしたので、色々な場所のを見ましたが初めてだったせいもあって、最も印象に残っています

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それにしても、今回のメインと位置付ける旧前川邸の土蔵の見学。非常に満足いたしました。長年の念願がようやく叶いましたし、同じく幕末・新撰組ファンの方々と「共に妄想出来た」というのが嬉しかったですね!笑

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新撰組を扱った映画やドラマでは、まず登場する前川邸の土蔵ですから、これでまた今度、そうした作品を観る時の感じ方が変わってくるかと思います。

ご一緒に参加されたみなさん、楽しかったですね(^^)
私は普段一人で幕末巡りを楽しんでいるので、同じ時を同じくファンの皆さま方と共有できて、とても嬉しかったです!

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この後一行は、お隣の「新徳寺」へと向かいました。