うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

「新撰組・西本願寺と不動堂村屯所を巡る」その12@京都2020

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2020年10月、よみうり文化センターの講座「新撰組西本願寺と不動堂村屯所を巡る」に参加いたしました(^^)

その12「中井庄五郎遭難之地」

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ご周知、「天満屋騒動」。慶応3年、12月7日、坂本龍馬を暗殺した黒幕は「いろは丸事件」で面目を潰された紀州藩・三浦休太郎だと思い込んだ陸奥陽之助ら16人が、天満屋を襲撃した事件です。この時、新撰組斎藤一や大石鍬次郎、宮川信吉(近藤勇甥)ら10数名が三浦を警護していました。この乱闘で、斬り込んだ側の十津川郷士・中井庄五郎と、新撰組平隊士の宮川信吉が落命、三浦は重傷を負ったものの一命をとりとめました。
この「中井庄五郎遭難之地」は、自身でも2006年、2015年、2019年と訪れていますが、こうしたツアーで新撰組ファンの方々と歩いたのは初めてでした。
ここの様子は、2006年当時とまるで変わっていませんね。

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「勤王志士 中井庄五郎殉難之地碑」。
この、天満屋騒動を描いた作品に、司馬遼太郎先生の「花屋町の襲撃」があります。幕末の暗殺ばかりを取り上げた作品、「幕末」にありますが、この一冊は司馬ファンの私のフェイバリットな一冊であります。この物語ではもちろん、中井庄五郎は登場しますが、もう一人、「後家鞘の彦六」が登場します。
伊予宇和島の脱藩浪士で居合の名人。龍馬とは、宇和島城下で一度会い龍馬に魅了されてしまいます。龍馬が脱藩前、長州へ行く時の設定です。ここで龍馬に、「家など捨ててしまえ。藩も捨てろ。いずれ京都を中心に新しい武権が出来る。その時は藩を捨てた天下の浪人がその武権に参加するのだ」と言われ、感化されて脱藩し、大坂に出て来たという話。しかし後家鞘にはつてもなく、金貸しの手代として大坂で暮らしていました。ある日、金貸しの主人と歩いていた時、5人の暴漢に囲まれます。最初は青ざめたふりをしていた後家鞘ですが、次の瞬間相手の脇差を抜き取り、峰打ちで相手の鎖骨を折り一瞬にして5人を討ち伏してしまったのです。
ちょうどその頃、「ぜんざい屋事件」の後始末の為大坂を訪れていた新撰組の幹部達の耳にこの事が入り、新撰組にスカウトします。後家鞘はこれを請けませんでしたが、その時に熱心に誘った平隊士のひとりが、同じ年恰好の宮川信吉でした。

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天満屋騒動にて、命を落とした宮川信吉。この時、宮川を斬った相手が、大坂で新撰組にスカウトした後家鞘の彦六だったのです・・。
このあたりのドラマ性は、さすが作家の先生・・と感嘆するのですが、少々ツアーと離れてしまいましたが・・、ここで私は一人、この物語を思い起こしておりました・・。
この事件の時期的には、ちょうど新撰組の屯所も西本願寺から不動堂村へ移っていた時期でもあり、ツアーの趣旨と合致するものであります。

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そして、「北小路の変」現場。
天満屋騒動の際、ここで応援部隊が同士討ちをしてしまった場所です。
天満屋騒動を聞き付け、不動堂村屯所から応援に駆け付けた新撰組と、同じく西本願寺から駆け付けた紀州藩の応援部隊がこの辻でお互いに敵と勘違いしてしまい、斬り合いになってしまいました・・。