うめじろうのええじゃないか!

貧困中年のサバイバル日記

壬生義士伝をゆく⑨南部藩大阪蔵屋敷跡地@大阪2018

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壬生義士伝」のクライマックス、吉村貫一郎が自刃する場面。家族の下へ還ることを夢見ながらも、サムライとして自刃して果てる貫一郎。「ととは地獄へも極楽へもいがねぇ・・、ととはいつでも、おめたちのそばにいる・・」最期の最期、家族を夢想し命懸けで稼いだ銭を分ける姿・・、もはや涙で映像が見れね場面だ・・。

壬生義士伝 [ 中井貴一 ]

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感想(3件)

そんな場面が描かれている大阪、南部藩蔵屋敷。負傷した新撰組隊士・吉村貫一郎南部藩への帰還を願い出て来る。貫一郎、おめぇ、なんでここさ来たんだ!?なんで皆と共に大坂城入らなかったんだ!皆といれば生きる道もあったべ!と、幼馴染の大野次郎右衛門に叱責される。奥の間へ通され二人きりになった時の、大野次郎右衛門の貫一郎に対するやりきれない想いが、「南部の米」を自ら握り食わせる、という所に滲み出る。幼馴染に腹を切らせる・・・。時代というものの残酷さに涙が溢れ出る・・・。たまらない場面です・・。
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その跡地は現代ではすっかり様子を変え、大都会のそれと化していました。ちなみに、南部藩蔵屋敷の隣は、彦根藩蔵屋敷だったという、戊辰役では敵対するどうしが隣接していたという面白い立地だったようですね。
さらに、今回は行けませんでしたが・・、この南部藩蔵屋敷跡から中之島を挟んだ対岸には、佐賀鍋島藩蔵屋敷があり、文久3年、八軒家から舟で夕涼みに出た芹澤一行が岸に上がった場所(鍋島河岸)だそうです。そして有名なエピソードのひとつ、大阪相撲の力士と喧嘩になり、しじみ橋あたりでの乱闘に繋がってゆくんですね。それは次回への宿題として、鍋島河岸→しじみ橋で道を譲る譲らない→北新地への力士達の報復押し掛け系を歩いてみたいな、と思います。
 
 
 
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