うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

「石田三成生存説」をゆく@秋田市

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歴史上の「○○生存説」は様々ありますが、北海道を拠点として長年暮らしてきた私にとっては、「義経生存説」をまず思い浮かべるところです。これは有名ですね。
今回、秋田に暮らすことになって、まず私の耳に飛び込んできた都市伝説が「石田三成生存説」でした。
戦国はそもそも「専門外」(笑)にて、よく知らないのですが、さすがにその名前は聞いたことはあります。
定説では関ヶ原で敗れた石田三成は、六条河原で処刑されたことになっています。が、実は三成を佐竹義宣が匿い、秋田で長音和尚として隠棲していた、というのです。かねてより佐竹義宣と親交があり、義宣にいたっては戦国の世にありながら「三成をたすける!」と天下に言い放っていた、といわれるのもこの都市伝説を色濃くさせている要素かもしれません。
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秋田市の、陸上競技場がある界隈の、八橋(やばせ)という所に「帰命寺」というお寺があります。このお寺に「石田三成の墓がある」、というのです。
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「無縫塔」と言われる、丸みをおびた長丸い石が特徴的な墓石があります。これは主に僧侶の墓塔として使われるそうですが、果たして僧侶として化けて生きた石田三成の墓が、ここにあるのでしょうか?すっかり風化してしまい、表面が剥がれ落ちてしまって、まったく文字が見えないものもあります。
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この中に、「唱嶽長音上人宝暦三年」と刻まれた塔があって、それが実は石田三成の墓だというのです。しかし、ひとつひとつ丹念に拝見していきましたが、そういった石塔は見つけることは出来ませんでした。
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我ながら、もの好きだなぁ・・、と感じながら、しかし一方で、当時には影武者やら偽装死やらいくらでもあったと考えられるわけで、ましてや今と違って写真もなければテレビもラジオもネットも無い、天皇が一体どういうお顔をしているのかさえ誰も知る由もない、そんな状況の時代にあっては、どんな都市伝説でさえありっちゃあありな訳で、歴史好奇心が刺激されてやまないわけです・・苦笑。
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ちなみに、この「石田三成秋田生存説」を、地元の郷土史家の先生にお尋ねしてみたことがあるのですが、一笑に付されました・・苦笑。まったく、バカな輩が私の歴史講座に参加したもんだ、と思われたことでしょう・・。
私も、この都市伝説になにもこだわっているわけではありませんが、純粋に歴史上のミステリーが興味深いだけなのです。戦国と言えば「天海」や「かごめかごめ」の話などもあって、そういう観点から、えっ!?石田三成も・・!?という興味が湧いてくるのです(笑)
以上、石田三成生存説をゆく、でした


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