うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

「元三大師」

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やはり比叡山という場所は、独特の空気が流れている場所だ、と改めて思いました。
滋賀に移住した2019年、初めて比叡山(東塔)を訪れた時に感じた独特の空気感。うまく表現出来ないのですが、何があるわけでもない「お山」に、すっかり魅了されてしまった私がおりました。
昨年の暮れ、今度は車にて、「奥比叡ハイウェイ」を走り西塔、そして横川を訪れました。

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「元三大師堂」。京都大原の「玉泉院」のログでも触れましたが、「元三大師」は横川で修行をした良源(912~985)の呼称です。正月三日に亡くなったことから、弟子達がそう呼んだと言われています。良源は我らが滋賀、近江浅井郡の小さな豪族木津氏の出で、幼くして母に連れられ、坂本の坊を訪ねて僧になったそうです。良源は円仁に傾倒し、円仁がひらいた横川の後継者となります。

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今回ここを訪れたのは、「角大師」の護符を買う為です。わざわざここを訪れて、ここで買う事にこそ、意義があろう、と・・^^;

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「角大師」とは良源、「元三大師」のことで、これまた宝泉院の項でも触れましたが、再度記しておきましょう。

平安時代、疫病が流行した際のある日、良源にも疫病神が襲って来ました。疫病神曰く、「われは疫病神。今、天下に流行している疫病があなたも罹る。あなたのお体を侵しに参った」。これに対し良源は、「逃れられない因縁ならいたし方あるまい。この指につけよ」と、指を差し出しました。疫病神が指に触れると、全身に激痛が走り高熱を発して苦しんだそうです。しかし良源は、法力を持って疫病紙を退散させたのです。
その後良源は、体験した苦痛から、疫病に苦しむ人々を救わねばならない、と発心し、鏡の前で観念三昧に入られました。すると不思議な事に、鏡に映った自身の身体が、だんだんと骨ばかりの恐ろしい鬼の姿に変わっていったのです・・。これを弟子が書き写し、版木に彫りおこしてお札に刷りました。
良源は、「このお札を人々に配り、小口に貼りつけるようにすれば、疫病はもとよりあらゆる厄災から逃れられるであろう」と弟子たちに指示します。すると、このお札をいただいて、小口に貼った家の者は疫病に罹らず、また病気であった者も全快したそうです。以来、元三大師ゆかりの寺院では、このお札を「角大師」と称して、護符とされているそうです。

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良源が晩年、大きな鏡の前で禅定に入っているうちに、鏡に映っている姿が骨ばかりの鬼になったという話ですね・・。弟子達の中で絵心のある者がそれを素早く写し取った。元三大師に見せると、これを版木に刻んで刷れ、と言ったのが、古くから疫病よけの護符とされているのです。これまさに、今のタイムリーなお話じゃありませんか・・?歴史を見ていると、こうした時空を超えた邂逅に驚かされることが多々ありますね・・。
「角大師」とは、奇妙な鬼の頭に昆虫の触角のような「角」がついていることから名が出たそうです。

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今回、悩みましたが実家に帰省することを決断した私。その実家に護符を届けようと思い横川へ買いに行ったのです。
そして自分用には、木に刻印された角大師を^^;。祈祷して火に焼いたものだそうで、めっちゃパワーがありそうに思えまして・・^^;これは自宅の部屋の玄関にお祀りしまして、疫病から守っていただいている次第です・・。
良源の正式な諡号は、「慈恵大師」。人類が、新型ウイルスから救われることを、祈るばかりです。