司馬遼太郎をゆく、由緒正しきおっさんの在り方です(笑
今回は大津市坂本、「穴太の石積み」です。日吉大社に向かう坂道には水道が流れ、その両側は里坊を囲むように美しい石垣が組まれていました。「穴太築き」といわれるものらしいです。
自然の石を、その形に合わせて積んでゆくそうですが、司馬先生は「中世以来、日本の石垣築きの最高の技術水準を示すものであった」と書いています
この技術の伝統を背負ったのが、「穴太衆」と呼ばれる人たちで、中世に知られることになった技術集団だそうです
お城というと、私たちは立派な石垣を思い浮かべますが、当時の山城といったものはそうしたイメージとは違って粗末なものだったらしく、この「穴太の石積み」が織田信長の安土城の石垣を造って以降、広がっていったようです
それにしても美しい景観ですね。古の高度な技術と、それが今日まで残されているという尊さが醸造された景観となっているのでしょう。
そんな穴太の石積みを示す看板や、説明書きもしっかりとありました
そういえば先日のブラタモリ「比叡山」の回に、穴太衆の何代目かの方が登場されていて、てっきり昔の人の話だと思っていたので、現在にも続いておられる事に驚きました
しかしながら毎回思うことですが、「司馬遼太郎をゆく」由緒正しきおっさんの在り方は、とても贅沢なるひとときです(笑