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ここも筑波山イザナギ・イザナミ伝承の痕跡か?独特の空気感漂う【南明山清瀧寺】|ブッダ巡礼

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おはようございますー

今日は久々の「ブッダ巡礼」、といきたいところでしたが・・・ブッダにはお目にかかれなかったので神社仏閣巡り記事です^^;

今回訪れたのは土浦市小野の

【南明山 清瀧寺】です!

なんだかこちらのお寺・・・

ただもんじゃない雰囲気がプンプン漂います・・(;´Д`)

何て言うか・・・いわゆる寺、の雰囲気じゃなくて・・ヤバヤバな神社!な空気感を凄く感じるんですよ・・・

とりあえずこの山門がヤベえ雰囲気バチバチでして・・・

なんでも天保年間に建てられた仁王門であるらしいのです

坂東33観音第26番札所の【南明山 清瀧寺】

仁王門にはやたらと貼られた千社札が凄い数でして・・・

これを見るだけでもなんやただもんじゃない寺院という気がして参ります・・・

阿形と吽形の睨みがハンパないです・・・

山門をくぐると本堂へと続く階段が見えました

むう・・・

見れば見るほどお寺っぽくない・・(・・;)

完全に神社の参道ですよね・・・

本堂が見えました!

こちらのご本尊は聖観世音菩薩で、なんと聖徳太子作と伝わるブッダなのです・・!

行基大僧正作との説もあり)

しかしなんということでしょう・・昭和44年の不審火にて?離れている仁王門を除きブッダ共々全ての建物が焼失してしまったといいます・・(;´Д`)マジカ

現在の本堂は昭和52年のものになるそうです

その聖観世音菩薩のミニチュア版でしょうか・・

残念ながら本堂は閉まっていて・・復元されたご本尊にお目にかかることは出来ませんでしたが・・・代わりにこちらを拝むことが出来ました

てゆーか・・普通に神社っぽい・・(・・;)

いわゆる「神宮寺」になりましょうか・・・

こういう場合柏手打っていいものか否か・・非常に悩みます・・(^^;)

実際どうなんでしょうねえ・・・??

仏教が伝来してから・・それまでの神社に寺院を被せて習合していった歴史があると思いますが・・

実はこちらの聖地には伝説が残っておりまして・・

神代の時代、イザナギイザナミが龍ヶ峰(後方の山)を通った時、喉が渇いて水を求めたそうです

そこでイザナギが鉾で山を突いたところ・・突然清流が湧き出して瀧になったんだとか・・

人々の命を守る水が湧いたことから、イザナギの偉業として聖地「清瀧」として祀られたんだそうです

推古天皇の治世(607年)に詔があって、パワスポの龍ヶ峰に寺院を建立しました

この時に聖徳太子が彫ったブッダを龍ヶ峰に安置したのが始まりと言われています

初期の寺院の多くが神道の聖地・パワスポを活用してきたことから・・こちらのお寺もそうしたかつての神域・パワースポットに「寺」を後ハメしたような感じなのかも知れません・・

常陸府中(石岡市)にも近い聖地にて・・仏教普及という当時の国家プロジェクトの中で重要な拠点としてのお寺だったのかも知れませんね(・_・;)

感覚的に神社としか感じない私は・・「ご本殿」はどうなってるか・・といういつものクセで・・本堂裏に回り込んでみると・・・

本堂の後ろは岩が壁のように露出しておりました(・。・;

この岩を依代として神さまを祀っているんじゃないかと思ってしまいます・・・

しかし清流は大同年間(806~810)に枯渇してしまったそうで・・徳一上人が山頂からここへ移したんだそうです・・

瀧の南側で明るく陽に向かうので「南明山」と命名されたそうですが・・

いろいろと謎多き歴史を染み込ませている寺院だという気がいたしました・・

ここにまたひとつ・・筑波山界隈におけるイザナギイザナミ伝承の痕跡を見る思いがいたしました

境内には弘法大師をお祀りするお堂もあって・・(;゚Д゚)

やっぱりただもんじゃない!

立派な鐘もありました

撞いてええんかな・・^^;?

その鐘の柱にふと目をやると・・・

うっらああ(゜゜)

斎藤ひとりさんファミリーの千社札バチバチ貼ってあるやん(゜゜)!

変な人が書いた驚くほどツイてる話 (知的生きかた文庫) [ 斎藤一人 ]

ひとりさんも来てはるということは・・・

やっぱただもんじゃない!!^^;

ということで今回は「南明山清瀧寺」へブッダ巡礼!でございました

今日もお読みいただきありがとうございました

嬉しい 楽しい 見る 知る シアワセ

感謝してます

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