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おはようございますー
先月、13日だったかな・・?「茨城県民の日」という日があって、県内の施設がその日は無料や特別割引料金で利用出来る、という日がありました(^^)
その時に【弘道館】を訪れた記録です(年内UP間に合った~^^;)
前回【龍馬をゆく】で訪れた時が2014年でしたので・・・実に・・11年ぶりの訪問となりました(;´・ω・)
そんなに前の感覚は無かったのですが・・・時が経つ早さを実感いたします・・

2014年時は県南部に居住しておりましたので・・ロッコク(国道6号線)をエッホ、エッホ、と北上いたしまして^^;なんだかめちゃくちゃ遠いな・・と時間が掛かった記憶です
水戸に住まわせていただいている現在は、茨城県生活も足掛け5年ともなると・・もっとスムーズに行き来出来る道なんかも分かってきまして・・今ならあそこを通るのにな!と思います^^;

現在はおかげ様で車なら10分くらいです(^^)
故に?水戸移住以後2年目にして初めての再訪となりました^^;

この日がまたどん曇りで・・めちゃ肌寒い日でしてね・・・(;´Д`)
それでもぽつりぽつりと見学されている方もおりました

「左近桜」の枝ぶりも・・実に寒そうです^^;

今回は小難しい幕末考察話は無しにて・・純粋にうめじろうのブラブラ散策記ですので・・ご安心してお気軽にご覧くださいませ^^;
「うめじろうのブラブラ散策記」・・「うめブラ」・・梅=水戸だけに。はいはい(-_-)

国重文の正庁。
この襖?の感じに思わず「三十三間堂」を連想しちゃいました・・
滋賀時代はほんまに・・
休日に気軽にJR乗って20分程度で京都に着いて・・午前中に一か所だけ寺院などをゆっくり散歩して午後には帰って日常のなんやかんやをやる、みたいな恵まれた環境にありましたが・・
当時からその恩恵をひしひしと感じておりましたが・・こうして離れてみるとまたより一層その恵まれた環境の素晴らしさがわかるというものです~!

現在関東に移住して寺院等を巡ると・・事あるごとに京都を思い出してはじぇらしーを感じてしまいます^^;

2014年当時は京都も滋賀も関西も「知らなかった」ので・・そうした気持ちになる事はありませんでしたが・・とにかく幕末遺構にめちゃめちゃ興奮した記憶がございます^^;

さて、館内を見学いたしましょう
「諸役会所」いわゆる来館者控えの間ですね、この部屋に掛けられた大きな掛け軸
【尊攘】
が非常に有名です
烈公の命によって安政3年(1856)に藩医の筆で書かれました
「ソンノージョーイ」
はまさに幕末の若者たちが血を篤くたぎらせた一種の合言葉であったことでしょう・・
若者たちが集うこの藩校で・・この掛け軸はヤバいアイテムですわな・・・^^;

弘道館の建学精神が示された拓本が掲げられた「正庁正席の間」
藩主隣席の元学問の試験や対試場で行われた武術の試験の様子をご覧になった場所です

外の広場で武術の試験などを行ったのでしょう
映画などで描かれる新選組の隊士募集の剣術詮議のシーンなんかでも、寺の本堂前の広場とかで繰り広げられる場面がよくありますが・・ああいうイメージでしょうか
ここではなんとなく・・・2010年に復元された「箱館奉行所」を思い出してしまいました^^;

あ、ここはすり足で歩くと「とげ」が刺さるから要注意!って廊下ですね・・
11年前とまったく変わってないのが素晴らしいですね~^^;

う~む・・・どうしても・・
京都が恋しくなります・・・
もちろん、滋賀もね(^▽^;)!笑

奥座敷の「至善堂」(国重文)
こちらの部屋は大政奉還後の慶応4年(明治元年)に、「最後の将軍」慶喜公が水戸へ下り、静岡へ移るまでの約4か月間を過ごされたお部屋です

幼少時代を過ごされたこの部屋で・・様々なことが胸に浮かび上がる中で過ごされたことでありましょう・・・

徳川家の長持。
この長持も上記慶喜公が将軍職を辞し、水戸へ下る際に使用されたものとされているそうです・・
しかし凄いですよねえ・・当時は
こんなデカくて重たい物体を・・人力で上野からエッホ、エッホと担いで来たんですから・・^^;
否・・上野-水戸間なんてまだ近距離の方ですわね・・

そして出ました!【大日本史】!
実に・・水戸藩が250年もの年月を費やして編纂した大事業
しかし幕末にのめり込んでから・・その歴史興味が止まることなく肥大化した私ですが・・どんどん深みにハマって行った挙句・・
「神ごと」に辿り着いちゃったんですよね・・^^;
否、人生上での紆余曲折から・・精神的な所を勉強するようになって・・ってのももちろんあるのですが・・
結局のところ歴史ってのを深く深く掘って掘って掘っていったその先には・・
神さまに行き着いちゃうじゃね?
と思ううめじろうです^^;
そして「歴史」っていうものはぶっちゃけ「これが正しい」なんて誰にも分からない
それが真実だと思うに至りまして^^;だって見方次第でどっちにもなっちゃうし・・
つまるとことはそれを「書いた人」が「そうしたい」歴史になってるだけでしょう・・?
書いたもん勝ち、みたいになっちゃってるだけで・・書いてる人なんて僅か一部の人のみで・・その他ほぼ全員が「書いてない人」じゃないですか・・
書くもなにも・・そもそも文字が無い時代には物理的に書けないし・・口伝やあるいはDNAに刻まれて残っていくしかないワケで・・それはそうそう簡単に現代人に訳されることは出来ないし・・
つまりはざっくりと書いたもん勝ち!なワケで・・なるほど
水戸藩て恐ろしいな・・と今になって改めてその凄さをまた知る、みたいな気分です^^;
最近はね、もう江戸時代なんて「最近過ぎて面白くない!」(コラ、コラ^^;笑)くらいに感じてしまう節もありまして^^;
やっぱ歴史の本当の面白さって、いわゆる漢字とかの「文字」が遺されるようになる前の口伝や「音」の時代でしょ!と最近思ううめじろうです(^▽^;)ハハ

こちらの、ずーっと見ちゃう写真も・・11年前から変わらず展示されていますね
一番左端が慶喜公です!

ということで今回は、「茨城県民の日」に再訪した水戸藩の藩校【弘道館】訪問記でございました
とても有意義なひとときを、ありがとうございました!
@茨城2025
今日もお読みいただきありがとうございました
嬉しい 楽しい 見る 知る シアワセ
感謝してます
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