うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

「彰考館跡」(大日本史編纂之地)@龍馬をゆく2014

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藤田東湖像の項でご紹介した「彰考館跡地」です。この敷地は現在は中学校になっている様です。そしてこここそがかの水戸藩が250年もの長きに渡って行った大事業、
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大日本史」の編纂之地です。この水戸藩が進めた歴史研究がやがて時を経て、幕末の志士たちに多大なる影響を与え維新のうねりが興っていった事を考えると、幕末ファンとしてはぜひとも訪れたい場所のひとつでした。徳川家康が元和元年(1615)に定めた「公武法制応勅」で水戸は「幕府の永世福将軍」を任じられ、つまり水戸自らは将軍に就く事はなく、もし水戸が幕府の悪政を認定した場合には新将軍を尾張紀州から選ぶ、という任を負い、両家に人物無き場合は広く天下の諸侯から選ぶべきことが定められていたといいます。こうした背景が二代藩主徳川光圀に歴史研究を始めさせた一因なのかも知れませんが、それにしても約250年を掛けた編纂事業とは・・、江戸時代まるまる費やした大事業ということになりますね・・。そしてそれが完成するやいなや時代の変革期になる、とは、単なる学問とか研究といったイメージを超越した恐ろしさを感じるのは私だけでしょうか・・。


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