本記事はアフィリエイト広告を利用しています
記事内に商品プロモーションを含む場合があります
おはようございますー
先日「墳丘からの眺め」さんのサイトで茨城県筑西市の「安倍晴明展示館」の事を知ってびっくらこいたうめじろうです(゜゜)
えっ!安倍晴明って茨城の出身だったの!?
結論から言ってその出生地は「不明」です
じゃあ・・・なんでこの地に・・安倍晴明関連の史跡や展示館があるの?
とヒジョーに気になってさっそく出掛けて参りました!
安倍晴明と言うと私のイメージとしてはもう・・京都でしかありませんでして・・^^;
平安時代の陰陽師・・京都・・・「晴明神社」!という連想にて・・京滋時代に行ったやん!覚えていらっしゃいますかな、私の胸に煌めく五芒星のログ^^;!
って、これ・・2024年か・・
まだまだ去年の話だったんですね!もうかなり昔の事のように思えてしまいます^^;

水戸から国道50号線をずうっと道なりに西へ向かいます
私はこの国道50号のことを自分の中で「ベッツ」としていて、50号沿いのお店とかだと「ベッツ沿い」と認識し向かってます^^;(どうでもええ情報・・笑)
流れが良ければ1時間半程度でしょうかねえ・・
筑西市猫島の「晴明橋公園」に着きました~

道路の一角に何やら石碑が建てられています!
五芒星のマークが見えますね!

なぬう(゜゜)
こんな所に「安倍晴明生誕の地」が!?

畑の真ん中の・・ほんの一角にこじんまりとした駐車場スペースが設けられていました

「安倍晴明生誕の地」
何でも「簠簋抄」(ほきしょう)という書物に晴明生誕に触れる記述があるとか

「安倍晴明の生まれの地は筑波嶺の麓、猫島で生まれたと伝わる」とな(゜゜)

しかし、この世に再び現れたこの人の、生まれの地を断言することは出来ない。
とありますが・・
この世に再び現れたこの人?という部分は下記のようです
術比べの後晴明に負けて晴明の弟子となった道満という者がいました
晴明が唐に渡り伯道上人の下で修行をしていた留守中、道満は晴明の妻・梨花と不倫関係に
晴明帰国後、紆余曲折の末晴明は道満に首を斬られ殺されてしまいました
晴明が殺された事を察知した伯道上人は日本にやって来て、殺された晴明の骨を拾い集め術を掛けて蘇生させたんだそうです
そして二人は報復の為に道満の元へ向かいました
問答の末今度は道満が首を斬られ、妻となっていた梨花共々晴明たちに殺害されたという話です・・
これの事を言っているのかは分かりませんが・・その時代はもとより呪術師的な話だと蘇生だのなんだのというのがごく当たり前のように思えてしまうから不思議ですね^^;

かつてこの地に安倍晴明が架けたと言われる石橋があったんですって・・
それにより「晴明橋」と呼ばれていたそうです
今ではその「晴明橋」に使われていた石で再現された?橋

そして道路の向こうには筑波山!
例によって話がまたズレズレになりますが・・^^;
茨城に移住して以来私はいわゆる偽書と言われている【ホツマツタヱ】に興味を持ちまして・・その「ホツマツタヱ」に関してなんやかんやと考察していると・・
どうもこの猫島の隣の真壁町がイザナギ・イザナミ伝承の中心地であることが浮き上がってきたんですよ!
筑波山伝承のイザナギ・イザナミ伝説、イザナギ・イザナミが新婚生活を初めて子供を産んだ、という「伊佐の宮」の地がまさにこの界隈なワケです!
そこにまつわる安倍晴明伝承・・・
これはもう・・まったく無関係なものでもない!と
思いたいだけかも知れない私です(^▽^;)ハハ・・

この後、「安倍晴明展示館」のある「宮山ふるさとふれあい公園」に向かいました

本日はこれまで
体力の限界っ・・・・気力も尽き果て・・・
って千代の富士かっ・・!(;´Д`)笑
明日へつづく。
今日もお読みいただきありがとうございました
嬉しい 楽しい 見る 知る シアワセ
感謝してます
PR
