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こんばんわー
先日、水戸市役所に行った時に「水戸黄門さま」、徳川光圀公の像が設置されておりました

さすが水戸市ですねー(^^)とにもかくにも光圀公!あらゆるところに祀られております!

光圀公と言えば我々「幕末人」には湊川神社における楠木正成の顕彰が想起されますが・・湊川神社の光圀公像は独特な瘦せ型の銅像が特徴的だと感じていたのですが・・
こちらの像もちょっと似た雰囲気を感じたうめじろうです・・

さすがは光圀公のお膝元!県立の歴史館には「嗚呼忠臣楠子之墓」碑の展示がなされております

市役所に戻りまして・・同じく一階に展示されていた斉昭公と七郎麻呂(最後の将軍徳川慶喜公)の父子像もありました
こちらの銅像も有名ですよね、というか「弘道館」や「千波湖」にも設置されていますよね(^^)
「烈公から指導を受ける七郎麻呂」の銅像ですよね
さて、
私ことで恐縮でございますが・・・
本日は私の父の命日でございまして
早いもので30年になります・・・
1995年・・大変な年でありました
1月に阪神淡路大震災が発生
平成という括りにおいても一、二の大事件が立て続けに起こった年でありました・・
その7月に・・
急に私事にて恐縮でございますが・・我が父が急逝いたしました
私はハタチそこそこの大学時代・・享年48でございました
当時の私にはまるで事の状況すら掴めずに・・・父の心の内など想像することすら出来ずにおりましたが・・・
自分も歳を重ね社会生活を経て来た今になり・・やっと少しだけその心の内というか・・父の想いみたいなものも僅かに想像出来るようになったと感じております・・
会社員であった当時の父は年齢的にも中間管理的立場にあったと思われ・・人事なども「させる側」にいたんだと思われます・・
当時母から聞いていたのか・・なんとなく耳にしていたような気がするのですが・・父は部下を異動させる(させざるを得ない)事をとても心に負担を感じていたようです・・
部下からすれば、なんであんただけは東京から動かずに・・私達ばかりが地方に異動させられるのだ、という口にはしないものの不満を飲み込んで従っている・・そうした波動を感じていたのだろうと思われます・・・
いわゆる管理職?になってから急に白髪も増えたとこぼしていました・・
そして父が他界する数か月前、上記阪神淡路大震災が起こります
その年が「ボランティア元年」と呼ばれているようですが・・私の父も(もしかしたら会社に言われて、の事だったのか・・)関西にボランティアに行ったという話でした
そして母親曰く・・その惨状を目の当たりにして帰って来た父は酷く憔悴していた・・と
頑強で風邪すら引いたところなど見た事も無い・・あの父が憔悴し切って体調崩して仕事も休んだという話を聞きました・・
当時管理的立場となり部下の異動等に腐心していた事に加え・・大震災の惨状が・・一気に負荷となって父の心身を襲ったのであろう事が想像できました・・
家族の中では非常に厳格で厳しい父でありましたが・・息子の私が言うのもなんですが・・その心根は非常に優しい人でした
昭和20年代生まれという時代もありますが・・めちゃくちゃおっかないけど、めちゃくちゃ優しい、そんな父だったと思います
中日ドラゴンズの星野仙一さんとか・・とても父にタイプが似ているな・・と思っていましたね^^;
夏の猛暑に朝からジョギングに出掛け、その最中に倒れそのまま亡くなりました
よく聞き取れない市の放送で・・
神社の前▼〇※✖40代から50代くら◇●✖※お心当たりの方は・・・という途切れ途切れに聴こえる市役所からの放送に
何故かピンときた・・・という母親が警察に連絡を取ると・・それは父が倒れていた事を知らせる放送だったそうです
突然死であったことで・・母は半狂乱となり暫くは廃人のようになっていました・・・
かれこれなんだかんだ10年くらい・・は深く沈んだ心であったように私には感じられました
私もいよいよその頃の父母の年齢となり・・今の自分だったらどうだったろう・・という思いも自然と湧きますし・・ようやくあの時の父母の心の内が少し見えるような気がいたします・・
振り返ってみればちょうど私も父が亡くなった48歳の時に・・大きく暮らしが変化する事象があり・・そこからは父が生きれなかった年齢を歩んで今に至ります
大きな変化とは言っても今の私には命があり、生かさせていただいております
これほど有り難い事がありましょうか
父が生きれなかった年齢を、有難く嬉しく幸せに、生かさせていただいております
父さん、母さん、ご先祖様、ありがとうございます
私は今、おかげ様でとてもシアワセに生かさせていただいております
ありがとう
ありがとう
ありがとう
嬉しい 楽しい ツイてる シアワセ
この場をお借りして、今日は私事を記させていただきました
今日もお読みいただきありがとうございました
感謝してます
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