うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

楠木正成墓碑@龍馬をゆく2012

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湊川神社楠公墓所を訪れた際、どういう原因が手持ちのミラーレス一眼が故障してしまい、仕方なくバックアップのコンデジを使用する事になりました・・・。
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楠公墓碑を参ります。
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以下、湊川神社HPより抜粋します。

明治維新の前後)
「正成公景仰(けいぎょう)の気運がいよいよ高まると共に、幕末から維新にかけて正成公の御神霊(ごしんれい)を奉斎したいという国民運動が盛んになり、明治元年(1868年)、明治天皇は正成公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するようお命じになり、当時のお金で千両という大金を下されました。こうして明治2年(1869年)、御墓所・殉節地を含む7,232坪(現在7,666坪)を境内地と定められ、明治5年(1872年)5月24日、湊川神社が創建(そうけん)されたのです。」
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「嗚呼忠臣楠子之墓」碑。
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元治元年(1864)に幕府はここ神戸に、海軍操練所開設を布告し生徒を公募、軍艦奉行に昇進した勝海舟安房守を称します。そして6月5日、京にて、幕末ファン的大事件「池田屋事件」が発生します。この池田屋事件時、西郷と吉井は湊川で楠社創設のための土地を検分していたとも言われています。上記神社HP記述の「国民」とは一体誰のことをさしているのか・・?非常に興味深い限りです・・。
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