そうした坂本家と田中家との関係から、ここを度々訪れていたという龍馬。龍馬はここを訪れては良助と碁や将棋を楽しんでいたそうです。
高知城下からレンタカーで走ってきました。約20分くらいでしょうか。「田中良助邸」の看板もありました。
小道を登ると石垣積みの塀が見え、その間から家屋がのぞいていました
「田中良助邸」に到着です
門前には「高知市田中良助旧邸史料館」の看板と説明書きがありました。が、資料館は金・土・日のみの開館とのことで、この日は残念ながら中は見学出来ず。こればかりはいたし方ありません。
龍馬が当時、足を運んだ建物で現存しているのはここのみ、とのことで非常に貴重でファンとしては興奮を隠せません。
遠い古の時代の家屋、と感慨に耽る一方で、自分自身も小学生時分に過ごした家屋は近いものがあり、そう考えると幕末は非常に「近年」であると改めて思います。
文久元年(1861)10月、讃岐丸亀方面に剣術詮議に出掛けた際、田中良助に二両を借りた借用書が現存しているのが有名ですが、非常に親しい間柄であったことが伺えます。
龍馬はこの縁側で良助と碁を打ったのでしょうか。はるか高知城下を見下ろしながら、様々な話をしたに違いないでしょう。
この石垣の景色を龍馬も見ていたかと思うと、じわじわと感動がこみ上げてくる思いです。