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【武田耕雲斎の墓】@水戸市妙雲寺|龍馬をゆく2026

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おはようございますー

今回は久々に幕末巡り「龍馬をゆく~茨城編~」でございます~

今回訪れたのは茨城県水戸市見川の【妙雲寺】です

茨城に移住以来、好文通り沿いに「武田耕雲斎の墓」という看板を見る度に気になっていたのですが・・歴史好きと言っても幕末一本槍だった頃の私だったら引っ越し後真っ先に訪れていたかもなのですが^^;

ここ最近はご存じのように超古代史やら神ごとにハマっちゃってますのでね・・^^;行くまでに2年近く経ってしまいました・・

そうです、訪問理由は「武田耕雲斎の墓参り」、超久々の墓参ラー記事です^^;

こちらのお寺は慶長元年の開山と伝わるそうですが・・天保期に烈公の海防策にて大砲鋳造の為に各寺院に梵鐘の供出を命じましたが・・それに従わず一時廃寺になったそうです・・

そして家老の武田耕雲斎にその敷地が与えられ・・耕雲斎の住居となっていた場所なんだそうです

その後寺は再興しますが・・当初の規模からすると大分縮小されたようですね・・

なるほど・・だからここに武田耕雲斎の墓があるんですね

境内には「七面大明神」?も祀られておりました・・

そして驚くべくは!

なんと・・こんな所に幕末メジャー!「大老井伊直弼の台霊塔」が建立されていたのです(;゚Д゚)マジカ!

井伊大老と言えばご周知、幕末の大事件「桜田門外の変」で水戸藩士が中心のいわゆる「桜田烈士」によって討たれたんですよね!

その大老の慰霊碑がなぜここに・・(;゚Д゚)水戸の市中のど真ん中にあるのか!

石碑の裏に書かれていた話を追うと・・

そこには【井伊大老首級水戸携行説】があったのです!

これはもう・・幕末マニア&元滋賀県民&現水戸市民としては興奮MAX鳥肌モンでございます・・!!

こちらの検証記事は下記事にて、お好きな方はぜひご覧ください!!

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さて、本記事は「武田耕雲斎の墓」です・・!

墓地に入ると比較的手前の方に・・左の方に「武田耕雲斎の墓」はありました

「武田耕雲斎の墓」

合掌ー。

武田耕雲斎自画像

武田耕雲斎は14歳で跡部家の本家を継ぎ、祖先が甲斐武田一族であったということで本姓の武田に復しました

53歳で執政に、元治元年の天狗党の挙兵では元々それを諫める調整役であったはずが・・藤田小四郎らに説得されて天狗党の首領となってしまいます・・

その後はご周知、慶喜公が自分たちの声を聞き入れてくれると期待して京を目指しましたが・・それも虚しく敦賀で鎮圧され投降し処刑されてしまいました・・・

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かつて邸宅があったというその敷地に・・武田家のお墓はありました

合掌ー

今日もお読みいただきありがとうございました

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