うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

草津宿本陣@滋賀2019

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草津駅の東口を出ると、「草津宿本陣」を示す案内がありました
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中山道を歩き天井川の旧草津川の下、トンネルを越えると東海道との分岐ポイント、草津宿追分道票があります
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そのまま東海道をまっすぐに、歩を進めるとすごい建物が見えてきました
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「史跡草津宿本陣」碑
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ここは東海道における草津宿本陣。田中七左衛門本陣は、昭和24年に国の史跡に指定されたそうです。
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草津宿は往時は本陣二軒、脇本陣二軒、旅籠七十軒余を数えたそうです。現存する全国の本陣は22~23?程あったと思いますが、その中でも最大の本陣だそうです。自然、茨城県取手市で訪れた「旧取手宿本陣染野家住宅」を思い出しました。
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式台。今風に言えばホテルの車寄せ、と言ったところでしょうか。貴人の駕籠を付け、迎える玄関ですね。
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果たしてこの玄関に、どれほどの史上ビッグネームが足を踏み入れたことか!なにせここは東海道、全国レベルで見れば、すぐ「隣」が京です。後述しますが、とにかくここを訪れた人物がもの凄い!とんでもない「現場」なんです
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レッドカーペットが敷かれた屋内を、早速見学いたします!もはや私の興奮は、鳥肌MAXです
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本陣の中で最も格式の高い部屋。「上段の間」。
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展示の状況が、少々明るいですね。当時の雰囲気としては、むしろ前出の「取手宿本陣」の方が臨場感があるかも知れません。
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江戸時代の「高級ホテル」の風呂。トイレも展示されていましたが、しかし現代の我々からすると、落ち着きませんね・・。
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さて、屋内には「大福帳」なるものも展示されていまして、当時の宿泊者名簿のようなものですね、これがまたすごい!元禄十二年(1699)の浅野内匠頭吉良上野介が九日違いで宿泊している!笑
幕末ファンとしては、シーボルト徳川慶喜、そして新撰組なども宿泊しているところからして、当時新撰組が大した御身分になっていたことが窺い知れる思いです!大福帳記載の慶応元年(1865)五月九日、「新撰組土方歳三斉藤一伊東甲子太郎藤堂平助の名が!幹部四名が江戸に隊士募集に下り、京への帰路に宿泊したものと考えられるそうです。
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そして最大のVIPはやはり皇女和宮でしょう。文久元年(1861)、十四代将軍家茂に嫁ぐにあたり、中山道を下るわけですが、その道中十月二十二日にここ草津宿で昼食休憩を取ったそうです!先日大阪でG20サミットがありましたが、それこそ当時の和宮降嫁における準備やら警備たるや、相当なものだったことでしょう。なにせ日本史の大動脈である東海道中山道どちらにも必ず通る草津宿ですから、ほぼ歴史上の人物はここを通過しているのではないでしょうか。興奮隠せない私です!ちょっとここは一度や二度の見学では足りませんので、通うことといたしましょう!笑
ちなみに上写真は、当時の絵図で見ると堀だった場所です。今では通になっているという、ブラタモ的面白ポイントですね。


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