うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

旧奈良家住宅@秋田市2018

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秋田県立博物館の分館として、「旧奈良家住宅」があります
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これまた見事な宝暦年間の住宅が残されており、歴史ファンにはたまらない「タイムカプセル」展示なのであります
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金足というこの地区の、豪農であった奈良家に文化8年(1811)、前述の「菅江真澄」が逗留させてもらっていたようなのです
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めちゃくちゃ広い土間。囲炉裏に火が入り実際に燻されていました。これは白川郷で見たものと同じ理屈のようですが、このいわゆる古からの日本家屋、めちゃくちゃ寒い・・。いかに当時の暮らしは寒かったか、というのが実感出来ますね・・。
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なにせ250年も前の建物にて、各部所補修しているのでしょうが、この大黒柱は当時からそのまま残っているものだそうです・・。圧倒されますね・・。
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司馬遼太郎先生の文章でこう説明されています
「屋内に入ると、キャッチボールできそうな土間があって、三和土の硬さが、歳月のふるさを思わせる」
「かまちも、黒びかりしている」
「梁も柱も板敷も、煤を吸っては磨きこまれてきたために、黒い漆器の家のようになっている」
「まことにみごとな江戸期住宅である」
「その保存のよさに、頭がさがってしまう」
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「おえ」といういろりを切った畳敷きの間。とにかく寒い・・。そしてこの奥の「六畳の間」が、菅江真澄が書斎として提供されていたであろう、間でした
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こちらが、その六畳間。菅江真澄は奈良家から大変手厚くもてなされていたようです。そして、ここに秋田藩、藩校助教の那珂通博が訪ねてきて、藩主「佐竹義和が会いたがっている」と告げるんですね。その時、真澄が言った「頭巾のままでよろしいでしょうか」の逸話が残っています。
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ふすまに描かれた何やら古そうな絵
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これも凄いですね、歴史を残しています。学芸員さんによると佐竹お抱えの「狩野派」の絵師によるものだそうです。
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いや、それにしても寒いです・・。見学させていただいていたほんの数十分で、足先が冷え切ってかゆくなるくらいでした・・。高田屋嘉平がロシアに抑留された際、欧州の石造りの家と暖房設備を見た時に、さぞ驚いたことと思われますが、日本古来のいわゆる「数寄屋造り」の家屋というのは、どうしても上方中心の、「西南でこそ洋式」に思えてなりません。今でこそ、我々は西洋式の温暖な住宅と暖房設備の恩恵を受けて暮らしていますが、当時の暮らしは本当に厳しいものであったろうな、とつくづく思いました。
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それにしても素晴らしい展示でした。秋田県立博物館の方も見応えある展示がされていますので、ご興味のある方にはぜひオススメです。ちなみに、県立博物館も旧奈良家住宅も見学無料です(企画展開催時は有料)。


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