うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

延寿王院@龍馬をゆく2016

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大宰府には、五卿がいる。」
竜馬がゆく」第6巻(文庫)「希望」の項にこの場面が描かれています。
三条実美ら五公卿は長州から大宰府へと流亡していました。その五卿が住んでいたのがこの「延寿王院」という塔頭でした。
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慶応元年(1865)5月23日、龍馬は大宰府へ。5月24日三条実美に謁見します。龍馬は三条に薩長同盟の必要性を説きますが、物語ではこの時の龍馬は滑稽なたとえ話を多用し「三条公は腹をかかえて笑う」のです。
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三条の日記には「坂本龍馬来る。奇説家なり、偉人也。」と記されています。
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龍馬のみならず、薩摩の西郷ら多くの幕末の志士がここを訪れていることを思うと、自然、鳥肌モンですね・・。
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邸内には大きく立派な碑が建っていました。
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余談ですが「竜馬がゆく」のこのくだりに2015年大河ドラマ「花燃ゆ」で準主役的であった小田村伊之助がチラっと登場しています。「ここに長州から二人の藩士がたずねてきた」とし、その一人として「小田村素太郎」という名前で登場しています。「松陰の妹を妻とし」と説明されていますが、この小田村こそが龍馬に桂小五郎を紹介した人物だとも言われていて、もうひとつ「幕末界」で注目されないのですが、そういう意味でも「花燃ゆ」は「なかなか」だったと思っているのは私だけでしょうか・・・。
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そんな「長州」、「萩」の刻印が狛犬に記されています。
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5月27日には再び今度は五卿に謁する龍馬ですが、物語上では笑い転げた三条がすぐに他の四卿も呼びにやり、その日のうちに再び龍馬に「演説」させたことになっていますね。
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そんな龍馬の「快談」を体感すべく、空路東京から九州まで飛んできたわけでありますが、ここ十数年の自身の「龍馬をゆく」旅を顧みても、改めて当時の龍馬、志士たちの移動距離とはものすごいものだな・・とつくづく感嘆します。
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門前には「御神牛」(頭をなでると知恵が授かるという)も鎮座し、なでられてると思われる部位がピカピカに光っています。祀神の菅原道真が丑年生まれだから、と言われているようです。
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そして梅と樟。幕末あるところにクスノキあり・・・。
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ちなみにこの慶応元年(1865)とは徳川家康の250回忌だそうで、日光や上野寛永寺、芝増上寺などで法要が執り行われたそうですが、今から150年前のこの時よりも江戸時代自体の方がはるかに長い・・というのが凄いですね・・。



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