うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

福井神社と松平春嶽像@龍馬をゆく2014

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福井城のすぐ脇にある「福井神社」を訪れました。
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石造りでがっしりとした横に広い鳥居が印象的です。
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越前藩は徳川家康の次子結城秀康関ヶ原の功により入封した親藩ですが、我々幕末ファンには賢候松平春嶽公が大きな存在です。
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歩を進めると向こうに見えてきました、春嶽公の銅像が。
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松平春嶽像。現代人の我々にはまさに「賢候」と呼ぶに相応しいと思う春嶽公ですが、農本主義時代のマストな人々の見方はどうだったのでしょうか?
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幕末、十六代藩主を襲封した松平春嶽は富国強兵策を推進させます。進歩的な思想が地元熊本では受け入れられずにいた熊本藩士の横井小楠を藩に招き福井藩の政治顧問を務めさせたり、財政にあかるい三岡八郎らの策を積極的に取り入れ殖産興業を進めさせます。
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土佐を脱藩した龍馬に勝海舟を紹介したのも開明派で有名な松平春嶽だったともいわれています。文久2年に春嶽は幕府の政事総裁職になり、翌文久3年5月に龍馬は勝に命じられ福井の春嶽を訪ねます。神戸海軍塾資金の借用の為です。物語で龍馬は面白おかしく熱弁を振るい、ついには5000両という大金を借用するに至るのです。開明的な春嶽は勝の海軍に投資をしたのでしょう。
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