うめじろうのええじゃないか!

幕末巡りと食べ歩き、時々うめじ論

「武市瑞山先生殉節之地」@龍馬をゆく2005

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上志と下士の中間にあたる「白札」と呼ばれる身分で「南海の黒龍」とも呼ばれていたという武市半平太土佐勤王党を組織しその指導力を発揮、一藩勤王を目指す。吉田東洋暗殺を決行させたり、京都では岡田以蔵を使って天誅事件を起こさせたりした。この岡田以蔵との関係は物語やドラマに描かれる事が多い。文久3年に京都留守居役となるが、山内容堂尊攘派弾圧が始まり「八・一・八の政変」後投獄されてしまう。
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そして慶応元年(1865)、閏5月に切腹を命じられる。三文字割腹の方というとてつもない切腹をはたしたことが伝説となっている。この頃、龍馬が亀山社中を設立した頃である。


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